部活に入っていようが塾に通っていようが暇であろうが、生徒である以上一定数がやらなければいけないこと、それは委員会。一年の一学期ともなれば、なにが楽でなにが先生の受けがいいか、それすらわからない。入りたくないという生徒が大半のなか、金髪で背筋を伸ばし、この学校に何年もいますというように座っている福富に白羽の矢が立ったのは当然だったのかもしれない。
福富は部活に行きたいと思ったが、はじめての委員会の集まりを無視するわけにもいかない。先輩にも「明日は委員会の集まりがあるから、委員会がない者以外はいつもどおり、ある者は終わり次第集合」と言われている。律儀な福富は、委員会を誰かに押し付けることもサボることもせず、言われたとおりの教室へと向かった。
まだ校舎に慣れていない福富が迷いつつもたどり着いたのは三年の教室で、なかを覗くと委員会だと思われる人が黒板にチョークで文字を書いていた。教室のなかにはまだ数人しかいない。
「どうぞ入って。一年?」
「はい」
「一年は窓際の三列ね。前からつめて座ってくれる?」
一年で一番最初に来たのは福富だったようで、窓際の一番前に座る。しばらくして来たのが名前だった。福富の横に座り、かばんを机の横に引っかけてペンケースを取り出す。それからしばらくして全員が集まり、委員会の説明が始まった。
委員会はそれぞれやることは違うが説明はどれも同じようなもので、配られたプリントに活動内容とやるべきことが書かれている。それをわざわざ口に出し確認していく作業が、いまの福富には時間の無駄に思えた。プリントに目を通し、教壇からふってくる言葉を受け止めてはいるものの、はやく自転車をこぎたいという思いが溢れでてくる。
そんな福富の思考を奪ったのは名前だった。名前すら知らない、横に座る女子が居眠りしていることに気付いたのは福富だけだった。顔の角度と、いい具合に顔が隠れる髪のおかげで、真剣にプリントを読んでいるように見える。
ときおり、かくんと頭が揺れてはうっすらと目が開いて、持っているシャーペンを握りなおす。どうやら寝ないように頑張っているらしいが、その努力は数秒しか持たない。
それを数分ほど続けた名前は、眠たさでうまく動かない指でシャーペンを反対に握った。名前に向けられているのはペン先で、なにをしていると驚愕する福富の視線に気付かず、名前はこれでいいとばかりに微笑んだ。微笑んでいる場合ではない、目に刺さったら大怪我どころでは済まないと慌てる福富は、事実に気付いて震えた。
まさか、わざとこうしたというのか……!? 己の目を危険にさらしてまで眠らないようにするとは、なんと見上げた精神だ!
と思ったのも一分だけだった。シャーペンの先が顔につきそうになっても、名前が目を開ける気配はない。もしいまくしゃみでもしたら、名前の顔にシャーペンが突き刺さってしまうだろう。
静かに手を伸ばして、名前の握るシャーペンに手をかける。名前はまだ気付いていない。ゆっくりと、名前が起きない程度に力をこめてシャーペンをななめにしていく。それと一緒に名前の握りしめた手も傾いて、それがほぼ水平になったころ、福富は静かに手を机の上に戻した。これでとなりの女子の安全は確保された。
新しくはじまる高校生活に緊張してうまく寝付けなかった名前はそのまま眠りつづけ、終わるころになってようやく目を覚ました。シャーペンが横を向いていることを疑問に思ったのも一瞬で、寝たせいでこんな形になってしまったのだろうと結論づけた名前は、横に座る福富の満足気な顔に気付くことはなかった。
福富が名前の横に座ったのは、それから一ヶ月後、二回目の委員会のときだった。またとなりに座ったことに運命に似たなにかを感じているのは福富だけで、名前は今度こそ寝ないぞと気合いを入れてペンを取り出していた。
名前の気合いが持続したのは8分で、思ったより長く起きていられたなと思う福富の横でまた居眠りをはじめた名前の手には蛍光ペンが握られていた。ペン先はまたしても紙ではなく名前の顔のほうを向いている。ペンの向きを変えたいが、まだかくんかくんと頭が動いているいまの状態で動かせば確実に気づかれてしまう。
名前と同じくらい委員会の内容が頭に入っていないことに気付かない福富は、黄色に光る蛍光ペンが気になって仕方がなかった。前回とは角度が違うため目に刺さることはないだろうが、このままだとおでこに直撃してしまう。おでこの真ん中に黄色い蛍光ペンのあとがつくなんて、そんな幸せが訪れるホクロのようなものを女子高生がつけるのは罰ゲームでしかありえない。
これは、なんとしても回避しなければならない。可愛らしい笑顔のとなりの女子の名前はいまだ知らなかったが、おでこに光るホクロがあるのが似合わないことだけはわかる。
意を決した福富が、そうっと、本当にそうっと手からペンをぬきとっていく。やわらかそうで白い肌に黄色い印がつかないよう注意しながら抜き取ったペンを机の上におく。寝ているあいだに手から落ちたように見える出来に満足し、緊張でつり上がっていた眉がほんのすこしだけ下がる。
それからしばらくして委員会は終わり、名前は自分が寝ていたことに気付いて肩を落とした。この女子は真面目なんだな、と福富が心の中に刻み込んだ。
福富が名前を目で追うようになったのは、それからだった。顔に蛍光ペンのあとがついていないか、寝癖がついていないか気になって仕方がなかった。
福富が心配するようなことはなかったが、廊下で友達としゃべる名前とすれ違うたびに、新しい発見をすることとなった。友達から「名前」と呼ばれていること。たまにスカートのジッパーを上げ忘れていること。前髪がぴょこんと跳ねているときは、眠気に負けてしまった証なこと。
いくら疎い福富でも、この気持ちを煮詰めて、甘酸っぱいきらきらした想いと嬉しさと喜びを入れて、ほんのすこしの嫉妬と不安をふりかけたものが恋になると知っている。
福富の背筋は今日も伸びている。心の奥底に、名前に見つけてもらいたいという思いがあるのか本人すらはっきり言えないまま、視線の先には今日も名前がいる。
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