名字名前は新開隼人という存在が嫌いだった。なぜなら愛しの幼馴染み、泉田塔一郎の憧れの先輩だからである。
憧れだけならまだ微笑ましく思うだけで終わっただろう。高校で寮に入り、これからイチャイチャし放題だと浮かれていたのに、泉田の口から出るのは新開さんと一緒に走っただの今日も新開さんは美しかっただの新開さん新開さん新開さん。
ふたりの会話の半分が新開さんで埋められたころ、名前はおそるおそる聞いてみたことがある。
「塔一郎はさ、その……ゲイなの?」
「どうしたんだい名前、いきなりそんな質問をして」
「や、ほら、この世の中には同性カップルがたくさんいるし、最近は同性の結婚式とか出来るって聞いたから」
「そういうことか。ボクはてっきり名前が女性を好きなのかと」
「え!? 違う違う!」
「そっか、ボクも違うよ」
「そうなんだ! うん!」
あとで考えればうまく誤魔化されたような気がしないでもないが、もう一度聞くのはあまりに不自然で諦めた。黒田からも「塔一郎は女が好きだろ。ふつうにAV見てるし」という有難いようないらない情報を得たので杞憂だったのだろう。
AVは先輩たちに押し切られ、塔一郎の部屋で何人か集まって見たそうだが、そんな情報はいらなかった。いつまでも清らかな塔一郎だと信じていたかった。
名前は少々泉田に夢を見すぎているところがあったが、それを指摘してくれる人はいない。
「ねえ塔一郎、今度自転車部の先輩たちとご飯を一緒に食べてみたい。塔一郎が尊敬してる人たちなのに話したことなくて、残念だと思ってたんだ」
そう名前が言いだしたのは、泉田へのゲイ疑惑がほんの少しだけ薄らいだときだった。ゲイだろうが何だろうが、自分の愛する塔一郎の視線や思考を奪われるなんて我慢できない、それが名字名前である。
いつかはこうなるだろうと思っていた黒田はため息をついたが、見捨てることはせず昼食に付き合うために重い腰を上げた。黒田雪成とはそういう男なのだ。
なかば強引に進められた昼食会は、黒田の根回しにより「泉田を好きな名前が、泉田の先輩たちを見たいと言って聞かない」という情報が3年に行き渡ったうえで始まった。
しかし黒田とて鬼ではない。きちんと「名前は小学生のときから泉田が好きだがなにも進展しないまま高校生になり、高校に入ってお互いの部屋にこっそり寝泊り☆みたいなことを考えていたがあっさりと拒否され、会話は新開さんのことばかりになり、我慢するのも限界にきた。名前が入学して一年以上我慢していたなんて奇跡に近い」ということを添えて伝えた。
名前がこの会話を聞いたならば「遺憾の意」と言うだろうが、あいにく本人の知らないところで話されるばかりである。
かくして高校二年生の初夏、名前は初めて泉田の尊敬する先輩たちと話すことになった。
中庭でお弁当を広げる男子高校生に混じったひとりの女子。その半数以上が先輩とあれば緊張もするだろうが、名前は新開をじっと見つめてお弁当を食べるばかりで、緊張などというものとは無縁だった。
女子が騒ぐのもわかる顔。見ていて気持ちがいいほどの食べっぷり。こちらを気遣う姿勢。ただの先輩後輩としてであれば好感を抱いただろうが、名前の目には泉田の恋敵として映っていた。いくら違うと否定されようが、泉田の頭のなかでの比率は名前:新開=2:8ほどで、かなりの差があることは事実だ。
新開は笑い、名前にパンを差し出した。
「食う? 新作のパンだ」
「えっいいんですか!? あざっす!」
名前はちょろかった。
チョコクリームと生クリームがたっぷりサンドされたそれは名前も気になっていたが金欠で買えなかったもので、想像以上においしいパンを頬張り一気にご機嫌になった。
「いやー、新開さんっていい人ですね! 嫌なやつなら2、3発ぶっ飛ばしてやろうかと思ってたけど!」
「それは困るな。ぶっ飛ばされなくてよかったよ」
「おいしいっすねこれ!」
口いっぱいに頬張り、もっさもっさと咀嚼する様はどこかウサ吉に似ているとは、すぐにウサ吉との共通点を探したがる新開談である。
「塔一郎ってば新開さんの話ばっかりで、わたしが呪いを使えたなら呪い殺してたかもしれないですあはは」
「それは困るなハハハ。そうだ、これも食う? 新作のプリンで人にはあげないんだが、名字さんは特別だ」
「あざーっす! 新開さん超いい人! あっこれあげます、森ちゃんから奪った飴ちゃん! 胸ポケットに入ってたからきっと生肌のにおいとか移ってますよ!」
「ヒュウ! そいつぁ嬉しいぜ!」
森ちゃんとは大人気のおっぱいが大きい先生である。
泉田は頭を抱え、黒田は他人のフリをしようとした。名前はいささか女子とは言い難い言動をする生き物で、仲良くなるのも子供っぽい男子が多い、女を感じさせない女子だった。
今だって女子とは思えないほど口を開けてプリンにかぶりつき、新開と週刊少年誌の話題で盛り上がっている。プリンを食べ終えた名前は、黙っている東堂に声をかけた。
「そういえば男子寮で格ゲー流行ってるって聞いたんですけど、東堂さんもやるんですか?」
「いや、オレはしないな。オレは音ゲーだ!」
「音ゲーするんすか! 今度対戦しましょうよ!」
「あ、名前すげぇ音ゲーうまいっすよ」
黒田の言葉に東堂の目が光る。最近始めた音ゲーはなかなかの腕前になっていて、一度うまい人と対戦しようと思っていたところだ。
「天は三物にくわえオレにさらなる才能を与えた……そう、音ゲーの才能だ! ワハハハ、寮ですでにオレに敵うものはいないぞ!」
「嬉しー! こっちも対戦相手に勝ってばっかでつまんなくて」
「名前のランキング日本で10位以内に入りますよ」
黒田の言葉も盛り上がるふたりには届かない。え、という顔をしているのは荒北のみで、ほかのふたりは盛り上がる東堂と名前を見ていた。東堂が女子と話が弾むことは珍しくはないが、こんなふうにゲームで熱く語るというのは見たことがない。
「あっ、結局格ゲーするのは誰なんですか? わたしもそれ好きだから対戦してみたいと思ってたんすけど」
「オレと福チャンと新開。お前強ぇの?」
「負けたことはありませんね」
名前の瞳が挑発的に揺れる。それを受けてたった荒北は、口元をゆるませながら名前を見つめ返す。
「ほーお? オレも強ェぜ? 今んとこほぼ負けなしだ」
「靖友は強いからな」
「おめーが負けんのはパワーバー食うために手を離すせいだろボケナス」
「オレは強い! だが、ゲームではオレより強い者はたくさんいる。オレは高みを目指す」
「じゃあ対戦しましょうよ! 言っとくけど負けませんよ。そうですねえ……負けた人は勝った人の言うことをひとつ何でもきく、っていうのはどうっすか」
3人の目に闘志が宿る。こんなふうに挑発されて受け流すのは、ゴール前で一位を狙うロードレーサーではない。
泉田が慌て、黒田が「あーあ」という顔をしていることにも気付かず、3人は自らカモとなるべくゲームの日にちを決めたのであった。
・・・
「だからぁ、荒北さんはガードするとこでしないから負けるんですよ! ハメ技決めんのはうまいのにそれじゃただの単細胞です!」
「んだとテメェ言うじゃねえかコラ」
「いいですよ、勝負しましょうか? 荒北さん13回わたしの言うこときかないといけないんすけどねえー」
「ぐっ……!」
「荒北よりもう一度オレと勝負してくれ! あれからこの曲を極めた、もう名字さんに負けんぞ!」
「いいですよ、東堂さんが部活のあいだに調整するんで今晩どうですか?」
「よかろう、今度こそオレのゴールドフィンガーを拝むのだ! ワハハ!」
「あっじゃあオレと寿一がやってるRPGもちょっと見てくれないか? ボス戦で苦戦してるんだよ」
「了解っす。福富さん、まさかこないだと同じとこやってるなんて言いませんよね?」
「オレは……オレは強い!」
「まさかの図星」
一週間後、名前は箱学のなかでも自転車部のなかでも目立つ4人と馴染みまくっていた。気付けば愛しの泉田と話す回数も減り、尊敬すべき先輩方に指導する立場として君臨していた。
最新のゲームを買ってもらったり、ゲームが強い小学生が威張るのと同じ構図である。
名前のアドバイスは的確で、4人はいままでテレビを見たり雑談していた時間をゲームに費やすこととなった。その代わりというわけでもないが、東堂は上級生ならではのテストのコツを教え、新開は新作のパンやお菓子で餌付けし、荒北は持っていたゲームを貸し、福富は名前の笑いのツボを刺激した。
名前の学園生活は当初の予定とは違ったものの、楽しく毎日があっという間に過ぎていった。
それを心から受け入れられなかったのは泉田だった。
自分の部活の先輩なのに名前のほうが親しくなったということもあるが、自分の知らないところで様々なことが起こり、終わったあとに知らされるのが当たり前になったからだ。
例えば名前のケータイに貼ってあるプリクラ。すこし前までは、中学卒業記念に泉田と黒田と名前の3人で撮ったものが貼ってあったが、いまはそこに福富たち4人と撮ったものも貼られている。
泉田がそれに気付いたのは数日たってからで、驚く泉田に名前はあっけらかんと言い放った。
「こないだのゲーム勝負で全部わたしが勝ったから、全員でプリクラ撮ったんだ。可愛いポーズでって注文つき!」
そう言われてプリクラをよく見ると荒北と福富は顔の横で両手でピース、新開は頭の上で両手をうさぎの耳のようにしており、東堂は両手を握りあごの下において上目遣いをしていた。レアどころの話じゃない。
「そういえば名前、ゲームってどこでしてるんだ? ボクはアンディとフランクの調整中で行けなかったけど、盛り上がったそうじゃないか」
「福富さんの部屋でやったよ」
「は!?」
「談話室ってゲーム禁止でしょ? だから男子トイレから忍び込んだ」
「忍び込んだって……福富さんたちは許可したのか!?」
「どこでやるか迷ってたから、とりあえず男子寮に忍び込んでトイレで福富さんたちが来るの待ってた」
泉田は倒れそうになる己の肉体を寸でのところでコントロールし、倒れないようにしてくれたアンディとフランクに感謝した。
「……そういうときは事前にボクに連絡してくれ。そんな危ないことをしちゃ駄目だ」
「でも、忍び込むの初めてじゃないし」
「アブ!?」
「クラスの女の子が彼氏の部屋行きたいけどひとりじゃ無理だってしつこいから一緒に行ったんだよね。彼氏の部屋までついてって、わたしはイチャつくふたりに背を向けてヘッドフォンしてゲームしてた。しばらくして帰されたけど」
それって、そのあと二人は部屋でチョメチョメ……。
「……名前」
「なに?」
「今後男子寮へは来ないように」
「えー、でも先輩たちとゲームの約束してるし。先輩たちがわたしの部屋来るのってかなり難易度高いと思うんだよね」
泉田塔一郎は想像した。トイレから女子寮へ忍び込む先輩方を。
それはまさしく犯罪。あまりこういうことを言いたくはないが、福富さんや荒北さんが窓から侵入してきたら、確実に通報されるだろう。そうなれば誇り高き我が高校の自転車競技部は……。
混乱している泉田の頭に、ゲームをやめるという発想はない。
「……名前」
「なに?」
「今後、ゲームをするならボクの部屋でしてくれないか。先輩方も集まっていただいて構わない。部屋は常に整頓しているからいつ入っても構わないけど、事前に連絡することを約束してくれ」
「えー、さすがに悪いよ」
「名前」
「はい」
「名前の携帯は飾りじゃないね?」
「はい」
名前はおとなしく従った。こうなった泉田は怖いのだ。
自分の部屋を貸すあたり泉田も名前に甘いのだが、ふたりとも自覚していないためこれ以上発展しないというのは、黒田しか知らないことだった。
名前に甘えられた泉田は、仕方ないとため息をつく。泉田が生まれて初めてとったプリクラは宝物で、寮に入ることになってもきちんと持ってきた。名前も持ってきていると知ってはいたが、自分のいないプリクラが知らないところでとられていると気分がいいものじゃない。
けれど名前も、自分やユキととったプリクラを一番大事にしていると知っている。ケータイだけではなく、愛用している鏡や目覚まし時計にも貼っている。それを知っているから、名前に拗ねた態度すらとれないのだ。
それから泉田と黒田は、久しぶりに名前と一緒に昼食をとることにした。珍しく荒北や福富まで名前と昼食を共にしたいと言うので先輩たちも一緒だが、よくぞあの気難しい先輩方に気に入られたな、と思ってしまうのも仕方がない。
まだ出会って一週間しか経っていないというのに、まるで3年間同じクラスにいたかのような馴染みっぷりなのだ。名前は泉田の横を陣取りご機嫌だが、泉田はそこまで機嫌よくなれなかった。
自分がアンディとフランクに熱中しているあいだに、名前はこんなにも交友を広げているとは思っていなかった。昔から日々あったことを逐一話してくるから、名前について知らないことはないと思っていたのに。
一方の名前は、久しぶりの泉田との昼食に浮かれていた。慣れている黒田は黙ったまま、テンションが上がりすぎて自分を抑えきれない名前のパンチを受け止めている。
「雪成も三日ぶりだねえ! 本の表紙入れ替えてエロ本隠すクセやめた?」
「っはあ!? 何でお前が知ってんだよ!?」
「今更じゃんそんなの。中学のときから知ってたよ」
「はああ!?」
「いつものお礼でたまにグラビア入れてたんだけど」
「あれお前だったのかよ!」
「うん」
いつもなら頭を抱える黒田を慰めたりすこしばかり冷たい言葉を吐く泉田だったが、いまはそんな余裕はなかった。
名前が楽しそうにしている。先輩方との昼食で、こんなにもはしゃいでいる。
実際は名前のテンションが高いのは泉田がいるからだが、泉田は気付かない。泉田だけに見せる顔に気付くのは、彼以外の者だけだ。
「塔一郎どうしたの? お腹すいてない?」
「え? ああ、考え事をしていただけだよ」
泉田の言うことは間違ってはいない。いつもより不調な泉田を心配そうに見ていた名前は、彼女をよく知る者にしかわからないように気遣って話し始めた。
「そうだ、塔一郎のためにたこ焼き開発しようと思ってるんだ! 粉の代わりにこんにゃくとか使ってさー」
「こんにゃくを使えばそれはもうたこ焼きじゃないよ」
「だってカロリー気にしてるし、これならレース前だって好きなだけ食べられるから!」
「名前、料理作れるの?」
「塔一郎のためなら頑張る!」
名前はいつでも全力で裏表なんてなくて、自分を大切にしてくれている。
要するに向こう見ずで思ったことをすぐ言ってしまうだけなのだが、泉田にはそれが長所に思えた。自分に持っていないものを持っていて、素直にそれを押し出して輝いている名前は、いつ見ても元気をもらえる存在だった。
「アンディとフランクにも気に入ってもらえるようなたこ焼き作るよ!」
「……ああ。楽しみにしているよ」
優しくまつげを伏せた泉田を見て黒田は目を見開いた。
このあとは大抵ひとくち食べるのも苦労するようなものが出てくるのに、それでもこんな穏やかな顔が出来るのかと戦慄するしかない。恋は盲目どころの話じゃないだろう。
そのあとも名前はいつものように振る舞いつつも半分は泉田に話しかけ、笑い、嬉しそうに話を聞いた。
本当に泉田は名前の思いに気付かないのかと視線を送られた黒田は、ただ一言「名前は塔一郎の前だといつもあんな顔なんで」とだけ言った。なるほど、それなら納得できる。なにしろ泉田も恋に疎いといってもいいような性格をしているのだから。
はしゃいだ名前は早々にお弁当を食べ終え泉田に話しかけていたが、やがてお腹が膨れて眠くなった目をこすった。首がかくんとなっては首を振って何とか目を開ける。
「名前、すこし寝たらいい。予鈴がなるまでには起こすよ」
「んー……だって、塔一郎と話すの、久々だから……」
アンディとフランクがビクンビクンと反応する。
「……これからまたたくさん話そう。いくらでも付き合う」
「……ほんと?」
「ほんと」
自分の発言でアンディとフランクを暴れさせたことも知らず、名前は満足そうに笑って目を閉じた。遠慮なく泉田の肩にもたれかかって眠る名前は、性格は小学生の男子なのに身体は女で、どうしても意識してしまう。
食べ終わったパンの包装紙をまとめた黒田は、名前の頭を支えながら泉田のひざに移動させた。慌てる泉田に魔法の言葉「名前が起きるぞ」で一時停止させているあいだの早業だ。
「じゃ。名前をよろしくな」
「ちょっ、ユキ!?」
「そんじゃァお先ィ」
「荒北さんまで!」
「授業に遅れないようにしろ」
「ワッハッハ、ふたりとも仲睦まじいな!」
「泉田、オレたちといるときの名字さんって泉田とゲームの話しかしないぜ」
好き勝手言って去っていった幼馴染みと先輩たちをぽかんと見送った泉田は慌てて声をかけようとしたが、ひざに乗った名前がうめいたので動きを止めた。起こしたのかと名前を見るが、何かを食べている夢をみているのか、むにゃむにゃと幸せそうに口を動かしている。
泉田は大きなため息をついた。これではどうにも出来ない。身動きも、自分の気持ちも。
足早に歩く黒田に釣られて歩いていた新開は、昼食を食べたばかりだというのにパワーバーを食べながら口を開いた。
「黒田、泉田たちは置いてきていいのか? 名字さんは嬉しいだろうけど」
「もう振り返ってもいいと思いますよ。塔一郎、絶対にこっち見てませんから」
立ち止まって振り返ってみると、たしかに泉田の目には名前しか映っていなかった。
膝で気持ちよさそうに眠る名前の頭をなでる泉田の目に宿る慈しみの中に、確かに恋慕が垣間見える。驚く福富たちに、黒田はもう言ってもいいかと口を開いた。
「名前が子供すぎるのがいけないんですよ。名前が友情だとか家族愛が混じったものをぶつけるから、塔一郎も本気かわからなくて手が出せないんです。まあ手を出しても、いまの名前じゃ意味がわかるか微妙ですけど。名前がちゃんと自分の気持ちに気付けばうまくいきますよ」
……なるほど。
納得するしかない面々は、もう一度泉田と名前を見た。恋人に見えるはずなのに、名前の性格を知っていると兄と妹、もしくは手のかかる姉としっかりものの弟に見えなくもない。
「……つまり、名字さんが女らしくなればいいんだな。トイレから男子寮に忍び込み、個室で一時間もオレが来るのを待っているのをなおせばうまくいくだろう」
「はっ!? 東堂さん、あいつそんなことしてたんすか!?」
「していた。しかも個室の上からトイレに来た男子をいちいち覗いていたらしい」
「…………もう……なんて言ったらいいかわかんないっす……」
「あのあと怪談になってたしな。個室の一番奥に女の幽霊が出るって」
「そうそォ。実際見たってやつも出てきてけっこうな騒ぎになったっつーのに知らねェの?」
「まさかそれが名前だなんて思いもしませんでしたよ!」
「おかげで侵入しやすくなると喜んでいたな。忍び込むのはよくないから玄関から入れと言い聞かせていたが、いま思えば名字は女性だったな。すまない」
「いいんです福富さん……悪いのは名前ですから」
まさか福富にまで女性扱いされていないことを知った黒田は、知らされた衝撃の事実とともに落ち込んだ。
こうなれば名前の性格と行動を知り尽くしてなお女扱いする唯一の存在、泉田塔一郎のところへ嫁にいかせるしかないのだが、このままだとどうにも上手くいきそうにない。
のちにアシストとしての能力を発揮する黒田は、知らないうちに幼馴染みの恋をアシストしているが、本人はそのことに気付かず頭を抱えた。きっかけはなんでもいいから、せめて名前が自分の恋を自覚してほしいと願わずにはいられなかった。
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