「……オッサンの告白すごかったなあ」


 青空に向けてぽつりとこぼした言葉は、今日だけでもう何度目だろうか。小野田は、何度目かわからない賛同の言葉を口にして力強く頷いた。

 インターハイで優勝し、その帰りに田所が告白を通り越してプロポーズしたのは、印象深すぎてすぐに忘れられるものではない。実に濃い一日で、そのどれもが嬉しいものばかりなのだ。
 自転車部はますます士気を高めて練習に励み、つかの間の休息では自然と自転車と田所の話をしていた。

 今泉がのどを潤して鳴子になにか言おうと口を開けて、そのままかたまる。あそこにいるのは、今まさに話題の人物……そう、田所の嫁ではないか。
 きょろきょろしながら歩いてきた名前と今泉は互いに目があったことに驚き、しばしかたまった。名前がふわりと今泉に笑いかける。


「あの、迅さんいますか? 忘れ物を届けにきたんです」
「あ、ああ……ちょっと待っててください」


 今泉はボトルを置き部室に入り、田所に声をかけようとして止まる。あの人の名前は知らないし、なんと言えばいいか……。


「どうしたんだ今泉」
「あ、いえ……忘れ物を届けにきたって、田所さんの……お嫁さんがきてます」
「ブフッ!」


 激しく咳き込んだのは田所で、胸を叩きながら何度も大きな咳をした。そりゃみんなの前でプロポーズまがいなことはしてしまったが、まさかそう言われるとは思わなかった。
 赤くなった顔をなんとかごまかしながら今泉に礼を言った田所は、急いで部室をでて名前を見つけた。ほっとしたように駆け寄ってくる名前が好奇の視線にさらされていたことを感じ取り、さりげなく視線から隠す。


「これ、奥様からです」
「悪いな、着替えがないと気持ち悪くてたまんなくてよ。それにしても……まだ奥様なんて呼んでんのか? 呼ばなくていいんだぞ」
「ようやく慣れてきたところなんですよ。それに……奥様って呼ぶと、上機嫌でパンをくれるんです」


 いたずらっぽく笑う名前を見て一拍、田所は豪快に笑った。名前と話していると、心がはずんでくる。


「もうバイト終わりだろ? このあとかけ持ちのとこ行くのか?」
「いえ、今日はもう終わりです」
「そいつはよかった」


 名前がほぼ毎日バイトをしていることを、田所は知っていた。パン屋が休みのときはもうひとつのバイト先に行っているし、学校が休みの日はふたつのバイトをハシゴしていることも。


「じゃあ、すこし練習見てけよ。いまから、青八木と鳴子と一周するんだ。練習っつっても本気でするから、ゴールを見とけよ」
「え、でも……いいんですか?」
「部活ももう終わったし、見学くらい大丈夫だろ。それに、言っただろ。レースは全部見てほしいって。公式のレースじゃねえが、本気で走ってゴールがあるんだ。名字に見てほしい」
「……はい」


 名前は着替えの入った袋を田所に差し出し、やわらかく笑った。まるで眩しいものでも見るような視線を向けられて、田所は少しばかりたじろいだ。そんな目で見られることには慣れていない。


「じゃあ、レースが始まるまで、迅さんの隣を歩いていいですか?」
「おう」


 にっこり笑う名前に、田所も笑った。まわりに見られて恥ずかしいし、嫁と言われて赤面したけれど、名前がそばにいるだけで幸せなのだ。

 見つめ合うふたりのまわりにぽわぽわとした花が漂っているような気がしながら、青八木は無言で鳴子と並んだ。田所の恋人ではあるが、名前は青八木の友人でもある。もう数えるほどしかない田所を超える機会を、やすやすと逃すはずもない。
 青八木と鳴子は互いに顔を見合わせ、にやりと笑った。ここは田所が勝って名前をさらに惚れさせるのがいいのかもしれないが、そうさせる気は微塵もない。
 迎え撃つ田所もにやりと笑って、その楽しそうな想い人を見て、名前の胸もはずんでいくのだった。


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