koi-koi?


Input


 部活にもだいぶ慣れてきた、ような気がする。部員はみんな小野田さんに憧れて必死に練習していたし、鏑木くんもインハイメンバーとして人一倍練習していた。女子は寒咲先輩と私しかいないけど、一年生とは打ち解けてきたし、なんとかやっていけそうだ。
 もうすぐインターハイの千葉県予選がはじまる。毎年勝っている総北は大丈夫だと思いつつ、やっぱりすこしの不安がどうしてもつきまとう。私は見ているだけで、選手を支えるとはいっても実際はなにも出来ていないだろうと思ってしまうから。

 こんな弱音を吐いてもどうにもならないし、私はマネージャー見習いだから寒咲先輩より出来ることが少ないのは当然かもしれないけど、それに甘んじていることは嫌だった。幸い部員はみんな優しくて、鳴子さんにはよくお笑いの話を聞かせてもらっているし、手嶋さんにも気にかけてもらっている。
 近くで自転車のメンテナンスを見せてもらっていると、定時くんが驚いて振り向いた。杉元くんと呼ぶと杉元さんとかぶるので、名前で呼ばせてもらっている。



「名字さん、自転車に乗ったことないの?」
「自転車には乗れるけど、ロードはないの。買うには高すぎるし、レンタルもなくて」



 部員は当たり前のようにロードバイクを持っていて、寒咲先輩もお店をやっているおかげで触れ合う機会も知識も多い。だけど私のまわりでは、自転車といえばママチャリというのが当たり前だったのだ。憧れの先輩が乗っているから、という理由で買ってほしいと言うことは出来なかったし、お小遣いを貯めるにも限界があった。
 定時くんが座ったまま見上げてくる。手入れはもう終わったようだ。



「乗ってみる?」
「ううん、いいよ。こけちゃって修理しなくちゃいけなくなったら申し訳なさすぎるもん」
「何度もこけたけど、そんな簡単に壊れなかったよ」
「定時くんが練習中にこけるのと、私が借りて壊すのとじゃ、全然違うよ。なにより、練習時間を私のために使ってほしくないんだ」



 優しい定時くんはそれでも乗っていいと言ってくれたけど、丁寧に断る。ロードレーサーは、ロードバイクがないと走ることができない。大事にしているものを傷付けることだけは出来なかった。
 残念そうに諦めた定時くんにほっとしていると、後ろから声をかけられた。振り向くとそこには今泉先輩がいて、どうやら部活後の自主練に一区切りついたところのようだった。定時くんにもう一度お礼を言ってから先輩の近くまで行く。



「名字は、ロードバイクに乗ったことないのか」
「はい」
「そんなのでマネージャーをしていたのか」
「……すみません」
「行くぞ」



 手荒に引っ張られながら、部室の入口近くまで移動する。何事かと見てくる部員の前で、ようやく手が離された。ずっと掴まれていた手首が痛い。



「オレのロードに乗れ」
「はっ!? いや、そんなこと出来ませんよ! 壊したらそのあいだ練習できなくなるじゃないですか」
「壊さないように見ててやる」
「ロードに乗ったことがないのが嫌なら通司さんにクロモリ借りますから、先輩は自分の練習をしてください」



 ぴくりと先輩の眉がつりあがる。なにか怒らせるようなことを言ってしまったらしいけど、ここは譲れない。もうすぐ予選なのに、先輩はなにを考えているんだ。



「そんなにクロモリを借りたいのか」
「そうじゃなくて、スコットを壊したら予選とか練習ができなくなるじゃないですか」
「だから、壊さないように見てるって言っただろ」



 ……話が通じない。お互い日本語なはずなのに意思の疎通ができなくて頭を抱えたくなる。
 私のことが気に食わないにしても、こんな時期に私に自分の愛車に乗せるメリットよりも、デメリットのほうが多すぎる。助けを求めようにも、寒咲先輩は家の手伝いがあるとかで部活が終わってすぐ帰ってしまった。遠巻きに見てくる部員の、誰でもいいから通訳をしてほしい。

 詰め寄ってくる今泉先輩をなんとか説得しようとぐるぐる考えていると、ぽんと肩に手を置かれた。手嶋さんだ。



「今泉は、名字がロードに乗れば満足なんだろ? ここまで言ってるし、名字も乗ってみればいい」
「ええー」



 まさかの発言に、背後から狙撃された気分だ。先輩はムッとしたような顔をして、ぐいっと私の腕を引いた。
 もしかしたら先輩は、女の人と触れ合う機会がなかったのかもしれない。さっきからいちいち力が強くてすこし痛い。思わずくちびるを噛み締めると、先輩が慌てて腕を離した。



「悪い」
「いえ」
「……悪い」



 いきなりしゅんとして謝ってきた先輩に、こっちが慌ててしまった。落ち込む先輩なんて初めて見たし、失礼だけどロード以外でもこんなに落ち込むのかと衝撃をうけた。



「あの、ほら、乗り方教えてくれるんですよね? はやく乗りたいなー」
「……ああ、そうだな。オレが押さえておくから、安心して乗ればいい」
「固定式ローラー台は使わないんですか?」
「使うが」
「じゃあ、先輩が押さえてなくても」
「ローラー台を使ったうえでオレが押さえる。気にするな」



 気にします。

 そのあと先輩に支えられたままローラー台を使ったけど、おそらく部員全員に見られて泣きたくなった。だけど先輩が、二回も私が痛がることをしたのを気にしてちらちらと見てくるので、断ることもできない。一年で変わったとは思ってたけど、これは変わりすぎです先輩……。



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