蜜標
 いつも友達とかたまって行動している、可愛めの女の子がいた。中学生になったばかりで頑張って化粧をして流行りに乗っかって、きゃあきゃあ騒いでいた。
 その子とは仲が良いわけでも悪いわけでもないただのクラスメイトだったけど、なぜか目をつけられて女同士にしかわからない嫌味を言われたりした。くすくす笑われたり、陰口を言われたり。
 ある日校庭の隅っこでひとりでぼうっとしていると、その女の子と友達がやってきた。ひとりが好きなんて女のらしくない、女の子ならいつも友達と一緒にいるし流行りにも敏感で、夜更かししてテレビを見るのが普通なのにおかしいと言われた。びっくりして何も言えない私を囲んで、女の子たちは笑ったり怒ったりしながら言いたいことを言って、気付けばいなくなっていた。
 あのあと寿一と隼人がいてくれなかったら、いろんなことがトラウマになっていたと思う。幸いにも私はそこまで繊細じゃなかったから、ショックを受けて傷付きはしたけど「あんたより胸は大きいからじゅうぶん女の子らしいけど? あんたAAカップでしょ」と喧嘩を売った。

 そのあと色々あったけど、最終的にAAカップの子が泣いて関わらないようになった。どうやら隼人のことが好きで、仲がいい私に嫉妬していたらしい。バカじゃないの、と吐き捨てた言葉はいまでも間違ってなかったと思っている。
 私と隼人と寿一は誰に聞かれても一貫して「友達だ」と言っていたし、素直に言ってくれば協力したかもしれないのに。隼人の気持ち次第だけど。

 過去のことだと思っていたけど、まだ引きずっていると感じることがある。女の子より隼人と寿一といるほうが楽しいなんて、女の子らしくないと言ったあの子は間違っているわけでもなかったんだろうと。だけど泉田くんがそんな私の思いを否定してくれて、ずっとそばにいた隼人と寿一も頷いて、荒北まで遠まわしにそう言ってくれて、まだ信じられないような不思議な気分だ。
 自転車部の部室を眺めながら、なんだか心が軽くなった気がした。ずっとつっかえていたものが取れたような……喉の奥にひっかかった小骨が取れてすっきりしたような感覚だ。

 泉田くんに会ったらどうしようと考えながら寿一たちの着替えが終わるのを待っていると、どこからか勢いよく東堂が飛び出してきた。はやくもジャージに着替えている。



「名字ちゃん、面白いことがあるというのにオレに隠していたな! ずるいではないか!」
「どうしたの東堂。面白いことって、寿一がチョベリバって言ったこと?」
「それもだが、皆で集まって昼食を食べているそうではないか! オレは呼ばれていないぞ!」
「もともと私は隼人と寿一と食べてたし、荒北が一緒なのは友達いないからでしょ。寿一と荒北に、明日から一緒でもいいか聞いてみたら?」
「うむ、ではそうしよう」



 納得したらしい東堂は、笑顔でうんうんと頷いた。騒がしくはあるけど、どこか憎めないのが東堂だ。
 東堂は首を振って髪を揺らしながら、びしっと指を突きつけてきた。



「聞いたぞ、泉田と話せないそうじゃないか」
「えっ!? そ、そんなことはないよ! ただちょっと……どんな話をしたらいいかわからないだけで」



 昼休みのあと、教室に帰るあいだに話しかけられてもかたまるばかりで、そのあと廊下ですれ違っても逃げてしまった。向こうは私をなぐさめてくれただけなのに、私が変な反応をするから困っているに違いない。
 部活の先輩とご飯を食べようとしたら顔見知り程度の人がいて、その人を励ましたら真っ赤になって逃げられるって、泉田くんからしたら迷惑以外のなんでもない。



「いいか、オレが泉田と話しているときにさりげなく名字ちゃんを呼ぶ。オレが場を盛り上げればあとは自然と話せるだろう!」
「東堂って頭いいのにバカだよね」
「ハッハッハ、オレがモテるからといって僻むのはよくないぞ!」
「うんそうだね」



 棒読みで返事をしたのに、東堂はご機嫌だ。さて、そろそろ寿一が出てくる頃なんだけど、どうにかして東堂を回収してくれないかな。
 自分のかっこよさを力説してくる東堂を流していると、うしろから肩を掴まれた。驚いて後ろを見るとそこには泉田くんがいて、持っていたかばんが手からずり落ちそうになる。どうしてここに……いや、ここは部室の前だから私がいるほうが不自然だけども。



「失礼します東堂さん! 名字さんに用があって……その、すみませんが名字さんと話してもいいでしょうか?」
「もちろんだ。オレの用事はたった今終わったからな」



 ウインクして去っていく東堂と、真っ赤になって向き合う私と泉田くん。泉田くんはすこし部室から離れたところに私を連れて行って、申し訳なさそうに何度も謝ってきた。



「寿一が東堂を回収してくれないかと思ってたとこだから、ちょうどよかったよ」
「そうですか……よかった。でも、すみません」
「謝らなくていいよ」
「いえ。名字さんに用事があるのは嘘じゃないんですが、まだ思いついていなくて。──用事が思いつくまで、一緒にいてもらっても構いませんか?」


 頬を染めた泉田くんは私より大きくてムキムキなのに、どこか可愛かった。真っ赤な顔で頷いて、ふたりしてもじもじと足元を見る。この甘酸っぱい空気は、いったいどうしたらいいんだろう。



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