蜜標
 翌日のお昼は、泉田くんと黒田くんも一緒だった。黒田くんは荒北が「見所はある」と言っていた子だ。泉田くんと話しているのをよく見かけるし、友達なんだろう。
 ますます私がいないほうがいいようなメンバーになってきたけど、隼人や寿一、荒北まで「ここにいろ」というので大人しく座っていることにした。こういうときに逃げたら、隼人があの鬼のような顔でどこまでも追いかけてくるのだ。怖いどころの話じゃない。
 泉田くんは私と隼人のあいだ、黒田くんは隼人と荒北のあいだに座って、お昼休みが始まる。誰も喋らず、お弁当を開ける音だけが響いた。昨日に引き続いて外で食べているから、あたたかい風が気持ちいい。
 泉田くんが、お弁当を開けながら話しかけてきた。



「名字さん、昨日は練習を見に来てくれてありがとうございました。また新開さんには勝てなかったですけど……」
「泉田くんは、あの顔の隼人についていってるだけですごいと思うよ。私なら追いかけずに逃げるもん」
「そうですか? 新開さんは強くて美しいですよ」



 泉田くんの言葉に衝撃を受ける。あの顔の隼人が美しい……だと……!?
 こういうとき一番マトモな感覚をしているのは意外にも寿一じゃなくて荒北なので、視線で会話する。もしかして泉田くんって美的センスがないのですか。ふいっと荒北の視線が逸らされたあたり、大ハズレではないらしい。



「あっうん、隼人ってたれ目だもんね」
「はい!」



 泉田くんの曇りない笑顔が眩しい。さりげなく視線をそらして、寿一お気に入りのお母さんの卵焼きをつまんだ。寿一にいるかと聞けばいつものように頷かれたので、空いたところに詰め込む。代わりにきんぴらごぼうをもらおう。



「隼人、唐揚げあるけど」
「お返しはウインナーでいいか?」
「うん」



 いつものように唐揚げをつまんで口まで持っていこうとするけど、首を振られた。どうかしたのかと視線で問えば、お箸が伸びてきて唐揚げを持っていった。代わりにウインナーがお弁当にやってくる。



「どうしたの隼人、珍しい」
「いや、これからはそうしたほうがいいかと思ってな」
「恋人でもできた?」
「逆だな」
「えっ恋人いたの!?」
「おめさんに出来るかもしれないだろ」
「それはないね。全然ないよ。寿一がチョベリバって言うくらいないよ」
「……チョベリバ」
「福チャン!?」
「ほら」
「ほらじゃなくて! 寿一どうしたの!?」



 真顔でチョベリバというなんて、熱でもあるのかもしれない。慌てて寿一のおでこに手を当てるけど、熱いどころかひんやりとしていた。熱はない……ということは。



「寿一、故障しちゃったの? これだけ顔の筋肉使わないとかやっぱりおかしかったんだよ! どうしよう、寿一が壊れた!」
「落ち着け名字、オレは壊れていない。オレだってチョベリバくらい言う」
「え……本当に?」
「ああ」
「そっか……じゃあ大丈夫か!」
「それで終わんのかヨ!」



 荒北のツッコミが入り、寿一にいろいろ質問しだす。さっきまでおとなしかった黒田くんはひとり俯いて肩を震わせていたので、話しかけるのはやめておくことにした。いま話しかけたら確実に、笑う人ときょとんとする人に別れる。笑いそうなのは私と黒田くんくらいしかいない。



「え、えっと……泉田くん。そうだ、泉田くんの趣味は? 昨日は聞きそびれちゃった」
「観葉植物が好きで、育ててるんです」
「そうなんだ! 私、花とか好きだよ」
「ですよね。最近は盆栽とかもいいなと思い始めて」
「渋いねえ」
「そこで……よかったらなんですけど、盆栽を買ったら名字さんの名前をつけていいですか?」



 冗談かと思って泉田くんの顔を見たけど真剣で、茶化すような空気でもない。頬をわずかに染めた泉田くんが勇気を振り絞って言ったことが伝わってきて、とりあえずご飯を飲み込んだ。



「いいけどさすがにそのままな名前をつけるのは恥ずかしいから、あだ名みたいなのにしない? 隼人だったら直線鬼とか、寿一だったらりんご大好きとか、荒北だったらリーゼントとか」
「てめっ!」
「東堂の山神とかもいいよね。そんなのでもいい?」
「はい! では……可憐と名づけますね」



 ぽっと頬を赤くした泉田くんの言葉に、空気が凍る。いまのは私の耳がおかしくなったのか……いや、寿一もいつもの顔でかたまってる。じゃああれだ、聞き間違いだ。



「カレーはあんまり辛いと食べられないんだ」
「可憐です」
「カレイとヒラメってよく似てるけど、あんまり食べることないよね」
「可憐です」
「……可憐?」
「可愛らしい名字さんにぴったりだと思います!」



 拳をぐっと握って力説してくれるのは嬉しいけど、どう考えてもその名前に納得しているのは泉田くんだけだ。荒北と黒田くんのぽかんとした顔がすべてを物語っている。



「泉田くん、目が悪い?」
「いえ」



 あっじゃあセンスか。隼人を美しいって言ってたし、泉田くんは感性が私とすこしズレてるんだ。もしくはブス専か。



「それじゃ恥ずかしいから、ちょっと自分で考えてくるよ。だから盆栽買ってもその名前つけないでね。絶対に。決して」
「はい……いい案だと思ったんですけど」
「それはええと……うん、黒田くん、泉田くんが人の道を外れないように見ておいてね。お願いね、本当にお願い」
「わかりました」
「名字さん、どうしたんですか?」



 きょとんとしながらくりくりお目々で見てくる泉田くんは、素直でいい子だ。だけど、自分のセンスを疑っていないとこまで真っ直ぐじゃなくていいんじゃないかな。
 ちらっと隼人を見ると、関係ないとばかりにお弁当を食べ終えていた。隼人の薄情者。



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