蜜標
 翌日のお昼は中庭で食べることになって、珍しく泉田くんも一緒だった。私と隼人のあいだに座った泉田くんは、緊張してるのかそわそわと落ち着きがない。



「部活の話するなら、どっか行こうか? 私がいたら話しにくいでしょ」
「名字はここにいてくれ」
「今日は名前が主役なんだから」
「なんでよ」



 意味がわからないままお弁当を広げて、お昼ご飯を食べ始める。荒北が心なしかいつもより不機嫌そうにお弁当をかきこんで、ようやく泉田くんもお弁当を広げた。いつもよりすこし静かな昼食が始まる。



「そうだ寿一、お母さんがアップルパイ作ったから寿一にって。みんなで食べよ」



 丸々一個のアップルパイが詰められたタッパーは大きいけど、男子が4人もいたらあっという間に平らげてしまうに違いない。
 タッパーを真ん中に置くと、すかさず隼人の手が伸びてきた。ぺちんと叩く。



「これはデザート。隼人が食べたらなくなるからダメ」
「一個だけならいいだろ?」
「ダメ。見なさい、寿一の我慢している顔を」



 ちらちらとアップルパイを見ていた寿一の動きが止まる。そんなことないぞ、という顔をしたけどもう遅い。荒北も泉田くんもばっちり目撃済みである。



「……わかった、一個だけね。寿一が食べたそうだし」
「さすが名前!」
「褒めても二個あげないわよ」



 みんなで一個ずつアップルパイを食べてから、ようやくお弁当に手をつける。さっきまでアップルパイを食べていた泉田くんは、考え込むようにご飯を食べていた。なにか悩みがあってここにいるなら、私がいて相談しにくいに違いない。だけど寿一にも隼人にもここにいろと言われてしまっては、ここを去るのも一苦労しそうだ。



「泉田くん、大丈夫?」
「はい。新開さんや福富さんの言うことを疑っているわけではありません……ですが、ひとつ質問してもいいでしょうか?」
「うん、なに?」
「お二人と付き合っていないというのは、本当ですか!」
「本当だよ」



 ハンバーグを食べながら頷くと、泉田くんの顔がぱあっと明るくなった。そりゃ憧れの隼人が私と付き合っていたら驚くもんね。嫌とは言わないだろうけど、どうして私と付き合ってるんだと思うのはわかる。



「安心して、隼人と寿一は友達のカテゴリーに入ってるから。私、そういうのを一度決めたら動かないんだ」
「荒北さんはどのカテゴリーなんですか?」
「友達だよ」
「じゃああの、ボクは……」
「後輩」
「え?」
「後輩」



 それ以外ないと思うのに、なぜそんな驚いた顔をされるのか。友達というにはお互い距離がありすぎるし、そんなに話したこともないし。
 なぜか落ち込む泉田くんに声をかけようにも、こうなった原因がわからないから口を開けたり閉じたりするしか出来ない。困りきって隼人を見ると、全部わかっているというように泉田くんの背中を叩いた。



「名前はこう言ってるが、まだチャンスはある。諦めるな」
「新開さん……」
「名前は後輩と接したことがないからな。なあ名前、泉田だって後輩以上になるかもしれないだろ?」
「そうだよ、私が浪人したら同級生になるし!」
「違ェよボケナス!」



 荒北が怒りながら寿一になにやら言っているが、何で怒鳴られたのかがわからない。私を置いてきぼりにして話を進めるの、やめてくれないかな。
 隼人は泉田くんと、寿一は荒北と話しているので、仕方なくもくもくとお弁当を食べる。あ、今日のトマトおいしい。



「そんで名字は何でひとりでメシ食ってんだよ!」
「なんでって言われても」
「いいから泉田と話してろ!」



 荒北に乱暴に押されて、すこしだけ泉田くんとの距離が縮まる。驚いたあとそわそわと私の様子を窺う泉田くんは、隼人が可愛がるのもわかる可愛さだった。
 一つ年下なだけでこうなるなんて、去年は私もすこしは可愛かったり……するわけもないか。うん。



「名字さん!」
「どうしたの泉田くん」
「ご趣味はなんですか!」



 前で荒北が吹き出した。汚い。



「特にないけど……あ、お母さんに家事はやらされてるよ」
「家事ですか」
「男は胃袋から掴めとか、すこしでも女らしくなるようにって言ってね。私があまりにも恋と無関係だから焦ってるみたい。家事が出来ても、私をもらってくれる人なんていないと思うんだけど」
「こ、恋人は誰でもいいんですか?」
「そういうわけじゃないけど……隼人と寿一との仲を誤解しなくて、あんまり女々しくないとか」
「女々しい、ですか」
「泉田くんは女々しくないと思うよ。ムキムキだし、なよっとしてないし」
「本当ですか!?」



 泉田くんが嬉しそうににこにこと笑うので、つられてこっちまで嬉しくなってきた。なんて純粋で素直な子なんだろう。ロードに乗ってるときは謎のかけ声と共に走って、怖い顔の隼人についていってるからすこし怖いけど。



「名字さんは今日の練習、見に来るんですよね?」
「うん」
「タイムがすこし良くなったんです。ぜひ見ていってください!」
「そうなんだ、楽しみにしてるね」
「はい!」



 泉田くんと話が弾んだし、これが荒北の求めていたものだろうかと視線を向けると、荒北はまだ咳き込んでいた。隼人がいい笑顔で親指をたてているから、たぶんそんなに悪くない会話だったんだろうと思うことにする。
 それにしても、この昼食の目的は一体なんだったんだろう。



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