「そういえばすごく面白いことがあったんだけど」
お弁当を食べる手を止めてそう言えば、ふたりがこっちを向いた。右には隼人、左には寿一。たいてい目の前に荒北がいるんだけど、今日は早弁してお弁当がなくなったから学食に行ってしまっている。
隼人はもうお弁当を食べ終わって、パンに手をつけていた。寿一は綺麗にお箸を持って卵焼きをつまんでいる。
「私が寿一と付き合ったあとフッてね、隼人に取り入ってるんだけど相手にされてないんだって」
「それはまたすごい噂だな」
「噂は噂だ。名字、放っておくのが一番だぞ」
「私が無視してるの、寿一も知ってるでしょ。でもすっごく面白かったから、ふたりにも伝えようと思って」
どこをどう見たら私とこのふたりが付き合っているように見えるんだろう。中学から一緒だからもう6年も友達をやっているけど、こういった噂はいつまでたっても消えない。ふたりとも目立つから、噂になりやすいんだろう。
「いっそのこと、他校にでも恋人がいるってことにしようかとも思うよね。ほらあの、総北の金城くんとか。かっこいいし」
「金城が好きなのか」
「ふつう」
聞くときも聞いたあとも表情が変わらない寿一は、安心したのかそうでないのか「金城の迷惑になるだろう」とだけ言った。たしかにそうだ。知らないあいだに好きでもない人の恋人にされていたら、迷惑だし気持ち悪い。
ほうれんそうを食べながら、去年の夏を思い出す。総北へ菓子折りを持って謝りにいった寿一についていったのは、殴られてボコボコにされた寿一をかついで帰るためだったけど、金城くんはどこまでも紳士だった。ふたりでロードに乗ってどこかに行ってしまったあとの気まずさといったら、消えてしまいたいほどだった。
東堂お気に入りの巻ちゃんが相手をしてくれたから良かったものの、しりとりは数分で終わってしまって一発芸を披露することになった。しかもウケなかった。
「今までどおり、何かあったらオレたちに言えばいい。おめさんが一人で背負い込むことはないさ」
「いやいや隼人、付き合ってるのかって聞かれたのに何も言わずふたりに回したら、余計な憶測がぶわっとコバエのように」
「んー……そういや、新発売のプリン買ってきたんだ。食う?」
「食べる」
気付けば寿一はお弁当を食べ終わって、デザートの菓子パンに手をつけていた。私はまだ食べ終わってすらないというのに。
隼人がプリンをすくって差し出してきたのを、落とさないように食べる。
「これすごくおいしい! ふわっとろっ! いくらだった?」
「120円」
「このおいしさなら120円も頷けるけど小さい……一口で終わっちゃうよ」
「名前の口はでけえな」
「隼人ほどじゃないですー」
隼人は寿一にもプリンをすすめ、寿一は自分でスプーンを使ってプリンを食べた。たまには隼人に食べさせてもらったらいいのに……って、ああ! いい案を思いついた!
「わかった、寿一と隼人が付き合ってるってのはどう?」
「オレと新開は付き合っていない」
「わかってるよ」
「それなら、余計に名前が質問攻めになるんじゃないか? 本人たちに聞けないだろ」
「……たしかに。じゃあこの案は却下かあ」
いい案だと思ったんだけど、もっと質問されるようになったんじゃ意味がない。
残ったお弁当のなかから、プリンのお返しにコロッケをつまむ。お箸で隼人の口元まで持っていくと、大きな口のなかに一瞬で消えていった。私も残り少ないお弁当を食べてしまおうとお弁当箱を持つと、うしろから呆れたような声が聞こえてきた。
「そういうことするから、付き合ってるだのなんだのって誤解されんだよ」
「あれっ荒北、もう食堂から帰ってきたの? 早いね」
「腹減ってたからさっさと食べてきた」
荒北は目の前のいつもの席に座り、頬杖をついて私を見た。くんくんと鼻が動いて、口元が歪む。
「ああ、荒北もなにか食べたいのね。卵焼きでいい?」
「違ェよ!」
「いらないの?」
「……食う」
荒北の手が伸びてきて、器用に卵焼きをつまんでいった。そういえば、私と荒北が付き合っているという噂もあった。どうやっても友達にしか見えないし、どうやってもお互い友達以上だと思うことはないのに。
お弁当を食べ終わってふたを閉める。私がこの3人と一緒にいるのは私があまり女の子っぽくないからで、男子のバカ騒ぎにもついていけるからだ。この3人と一緒にいたいなら、ロードとご飯と授業の話を男子独特のノリで会話すればいいだけなのに、女子はそれは嫌だと言う。矛盾のかたまりだ。
「あっ! じゃあ、荒北と寿一が付き合ってるってのはどう?」
「ハァ!?」
「名前、それも同じだぞ」
「そっか……じゃあ寿一と金城くんが付き合ってるのも?」
「そうだな」
「オレと金城は付き合ってなどいない」
「荒北のも否定してあげてよ」
「っつーか何の話だよ! オレの名前だしてんのに、おいてくな!」
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