蜜標
 高く澄んでいる空のした、ようやく慣れた大学の構内を並んで歩く。金城は相変わらず余裕があったし、名字はよそ見しつつもはぐれなくなった。
 まさか金城と名字と同じ大学になって、こうして並ぶことが普通になる日が来るなんて思わなかった。名字は福チャンたちと同じ大学へ行くと思っていたし、受験もしていたからだ。だけど名字の行きたい学部はこっちの大学のほうがいいということで、悩みに悩んだすえこの大学に決めたらしい。卒業式の日、いつもどっか大事なとこが抜けてる名字が珍しく落ち込んで帰りたくないと駄々をこねたのも、今ではいい思い出になっている。

 名字は相変わらず「ねえ荒北、あの教授絶対にヅラだと思うんだよね」と気の抜けた話題で話しかけてきて、金城がいつものように律儀に答えた。まあ、名字の気をそらすにはちょうどいい。
 三人で校門まで歩くと、名字が驚いて立ち止まった。そこにはロードバイクに乗った福チャンと新開がいて、名字の顔が輝く。



「隼人! 寿一!」



 珍しく機敏な動きで走り出した名字は、迷わず福チャンに抱きついた。よろけず受け止めた福チャンは表情を変えず久しぶりだと言い、オレたちにも挨拶をする。
 まわりにいる奴らがざわざわしながら福チャンと名字を見ているのに本人たちは気付かず、名字は次に新開に抱きついた。どこからか女の黄色い悲鳴のようなものが聞こえてどうしようかと思ったが、放っておくことにした。

 大学に入って、名字は高校のときよりも女と行動するようになった。でもオレや金城がいるとこっちに来て、大学でもオレや金城と付き合っているという噂がちらほら聞こえはじめた。結局は高校のときと噂の相手が変わっただけのように感じる。そこでこのハグだ。明日から、名字に関する噂はもっと激しいものになるに違いない。本人は気にしていないみたいだがな。



「どうして二人がここに? 言ってくれればよかったのに!」
「名前を驚かせたくてな。オレたち全員が四限と五限が休み、そして創立記念日。ちょうどいいだろ?」



 バキュン、と新開がいつものポーズをする。なにを仕留めるつもりかと思ったけど、たぶん名字と泉田のことだろう。
 隠れていたらしい泉田が様子を窺いながらそっと出てきて、名字がかたまる。ぱちぱちと瞬きをして呆けたように立つ名字の前まで泉田が来て、はにかんだように笑った。



「お久しぶりです、名前さん」
「と、塔一郎くん、どうしてここに……学校は……」
「創立記念日で休みです。午後から部活が自主練になったと言ったら、新開さんたちに誘っていただいて」
「あ、うん、久しぶり……」



 ワンテンポ遅れて返事をした名字は、とたんに髪型を整え服の乱れを確認し、一気に女の雰囲気を漂わせた。いつもは男と混じってくだらない話に花を咲かせているのに、泉田の前だといつもこうだ。横で金城が、驚いたように名字を見る。



「名前さんも今日の授業は終わりですよね? よければどこかに行きませんか」
「は、はい」



 この六人が奇跡のような偶然で、こうして揃うのはおそらくもうない。名字に対しては甘い福チャンと新開が企てた「あまり会えていない名字と泉田をデートさせよう」企画は、ひとまず成功といったところだろうか。



「あっでも、塔一郎くんも隼人と久々に会ったんでしょ? もっとゆっくり話していいよ」
「新開さんと福富さんとは、道中話しました。それに、名前さんに会いに来たので」
「なっなんで?」



 ……なんで? そこで理由を尋ねるのか? 恋人に会うのに理由がいるのか? そりゃ淋しいとかいろいろあるだろうが、このタイミングでこの質問とは、名字はまだ男心というか恋のことが全然わかってねーみたいだ。オレも人のこと言えねェけど。



「……名前さんに会って、顔を見て話して、大学でのことをたくさん聞きたい。名前さんがいいと言うならふれたいし、二人きりにもなりたい。これじゃ理由になりませんか?」
「……ナリマス……」



 名字が真っ赤になってかたまった。こうなると名字の思考は停止して、泉田の思う通りに進んでいく。
 泉田はオレたちに挨拶をして、片手でロードを押しながら名字の手を引いて歩いていった。その姿が小さくなるころ、名字がハッとし、泉田に向かって何か言う。名字をまっすぐ見た泉田はまた何か言い、かたまった名字と手をつないでまた歩き始めた。新開がため息をつく。



「ま、作戦成功ってとこかな。名前は相変わらずだけど、泉田なら何とかしてくれるだろ」
「オレたちは全力で泉田をサポートするしかない。名字に関することならば、泉田がエースでオレ達がアシストだからな」



 福チャンと新開が、もう見えなくなりつつある名字と泉田を目を細めてみる。……父親かヨ。



「名字のあんなところは初めて見たから驚いたが……そうか、うまくいっているならそれに越したことはないな。きっと今日も楽しむだろう」



 そんで金城は何でそんな余裕があんだよ。なんかムカつく。
 それからオレ達は近くのファミレスで久々に話し、結局はロードに乗って勝負することになった。ビリには、泉田に今日のデートのことを聞くという罰ゲームが待っている。オレは名字からチョコをもらったっつーことで微妙に敵視されてっから、負けるとあの笑顔の泉田に聞かなければいけない。
 気合を入れてビアンキに跨って、ああ、久々に一緒に走るから興奮する。どうせなら楽しまねェとな!



return

×
- ナノ -