「ふふふ……明日は全員休みですね?」
「ああ」

 エルヴィンさんが力強く頷く。ちなみにわたしは明日から連休だ。
 接客業をしていると食べられないことが多いもの、それはにんにく。今日はそれを貪ってやろうという計画だ。

「アヒージョとチーズフォンデュ、夢の共演! 食べ放題の会を開催します!」

 ひゅーとハンジさんが口笛をふいた。こたつの上にはホットプレートがでーんと居座っている。プレートの上には、それぞれ好きなだけチーズを絡ませることが出来る器が四つ、オリーブオイルとにんにくがくつくつ煮立っている器も四つ。
 ネットで見たやり方を真似してみたけど、なかなかよさそうだ。

「エルヴィンさんが持ってきてくれたワインを開けて、さあいただきます!」

 ワインで喉をうるおして、オリーブオイルの中で踊っているえびを一口。熱いけどそれがおいしい。ぷりっぷりのえび最高。マッシュルーム最高。

「ああ〜名前の部屋に来るとなんておいしいものが食べられるんだろう! 名前は食物の神かい?」
「そうです」
「やっぱり!」
「そしてお酒が進んだら愚痴タイム」
「やっぱり!」
「えへへ〜嘘! 最近おいしく楽しくご飯を食べているからか、心にゆとりがうまれたような気がするんです。ちょっとだけ仕事にも慣れたし」

 まだまだ寒くてこたつが手放せないけど、もうすぐ春だ。仕事を始めてもうすぐ一年だ。叱られることも、ちょっぴり減った。
 いい気持ちでワインをかたむけると、こたつに足を突っ込むことに慣れたリヴァイさんが、ブロッコリーにチーズをたっぷりからめながら言った。

「人間は、慣れたころにミスをする。まあお前の世界はミスしても死なねえようだがな」
「リヴァイさんが言うとなんだか重みがありますねえ」

 人類最強らしいし。巨人と戦ってるらしい。
 命懸けの仕事をしているというけど、ハンジさんさえ詳しくしゃべらない。わたしもこわくて深くは聞いていないから、頭の中では阪神vs巨人の試合がプレイボールされている。
 じゅうじゅうと焼けているベーコンとスライスしたじゃがいもを遠慮なくチーズにインして、間違いないおいしさを口いっぱい頬張る。バゲットにアヒージョのオイルをひたして口を満たして、ワインをひとくち。

「えっ何その食べ方! 私もする!」
「アヒージョはこれがおいしいんだよ。ハンジさんは……痩せてるからカロリーとか関係ないか」

 四人でオイルがしみたバゲットを食べて、ワインを飲んで、ほうっと一息。エルヴィンさんはようやく少しばかり肩の力が抜けたみたいだ。リヴァイさんはご飯とお酒を交互にたしなんで、ハンジさんはバゲットをすごい勢いで食べている。

「こんなに贅沢なものを食べさせて貰っているんだ、名前にとっては取るに足らないかもしれないが、謝礼をさせてほしい」
「いやっいいですよ! わたしも思いっきり愚痴言ってますし、一緒に食べたいときしか誘わないし」

 エルヴィンさんは引いてくれなかった。この前もそう言ってちいさな銀のかたまりをくれたのに申し訳ない。絶対に、このご飯より銀のほうが高いのに。

「そうは言っても……あれは、前回の銀か?」

 エルヴィンさんが目ざとくそれを見つける。嬉しくて大事に置いていたのがいけなかったらしい。

「こちらの世界とは通貨が違うから、せめて換金できると聞いた銀をおくったのだが、迷惑だっただろうか?」
「そうじゃなくてですね、あの、もっとたくさん銀がないと交換できないそうで……」
「どれくらいだ?」
「一キロくらい……」

 部屋に沈黙がおりる。さすがに一キロも銀がたまるほどの食事を出すことはできないし、エルヴィンさんたちも払えないだろう。

「銀はアクセサリーにするつもりなんです。デザインが決まるまでおいているだけなので、迷惑とか価値がないとか、そんなことはないです」
「だが、これでは」

 エルヴィンさんが考え込んだ。せっかく消えていた眉間のしわが復活している。ハンジさんがグラスを飲み干して、ぐでっと机に頬をつけた。

「それなら、お礼にリヴァイが掃除でもしたらいいじゃないか。つねづね、思いきり掃除をしたいと言ってただろう」
「……そいつはいい」

 リヴァイさんは笑った。こわい顔で笑った。えっなにその顔こわい夢に出てきそうなんだけど。

「えっいや今でも微妙に掃除してもらってるし、トイレとかお風呂場とか掃除されるのなんとなく恥ずかしいし、別にいいです」
「トイレ掃除はすでに何回もしている」
「えっ」
「あー、名前はご飯作ってて気づいてなかったね。リヴァイも、気配を消してトイレにこもって掃除してたし」
「ぎゃーっっ!」

 二十代の! うら若き乙女の! トイレを! 無断で掃除するな!
 声にならない抗議を感じ取ったのか、リヴァイさんはわたしにがくがくと揺さぶられたけど抵抗しなかった。

「俺に汚ぇトイレを使えというのか」
「わたしの! トイレ! 汚いとか言わない!」
「うるせえ、来るたびに掃除してんだ、いまさらガタガタ言うな」
「ぎゃああああっ!」

 来るたびってそれもう数え切れないじゃん!

「うっうっ……もうお嫁にいけない……」
「リヴァイにもらってもらえば?」
「絶対やだ……」
「おい、お前は俺が傷つかないと思ってるのか」
「うえっ」

 顔をあげても、いつもと変わらないリヴァイさんの顔があるだけで、傷ついている様子はみじんもなかった。

「わたしのほうが傷ついてるんだけど……」
「俺も傷ついている。いいか、これでも他人の部屋を掃除しないようにしてきたつもりだ」
「えっこれで?」

 来るたびにコロコロが大活躍だし持参してきたぞうきんがけが始まるし、昼間から来たときには布団を外に干すように指示されるのに。これでも我慢してきたというのか。

「まず壁を拭け。窓もだ。床も、すべてを磨け」
「えっ」
「俺も明日から連休だ」
「いやぁさすがにそれは」
「これは決定事項だ」
「やだあ!」

 いくら言ってもリヴァイさんは無視だった。ご飯を食べてすこしばかりふわふわしたエルヴィンさんはいいお返しだと笑っていたし、ハンジさんは頼りにならない。
 こうなったらリヴァイさんが来る前に掃除を終えるしかない。

「おい、名前」
「うん?」
「素人が適当に掃除するなんて、間違っても考えるなよ。余計な手間を増やすだけだ」
「……はい……」

 リヴァイさんは掃除のプロなのか。そういう意味で人類最強なのか。
 うなだれるわたしの前で、えびが食べごろをすぎて煮えていく。
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