「こんにちは」

 とりあえず挨拶をすると、金髪の男の人は、一瞬でわたしとわたしの部屋を見て、視線はわたしを捉えたままハンジさんへ意識を向けた。空気の鋭さといい精悍な顔立ちといい、賢い人だというのがびんびん伝わってくる。

「お邪魔なら出直すけど、ハンジさんどうする? これ説明しなきゃいけないやつかな?」
「そうみたいだね」

 ハンジさんは肩をすくめて、本当に簡単にわたしのことを説明した。光の加減で、濃くも淡くも見える青い瞳が、わたしと背後を往復する。理屈にとらわれず、この人は思ったより早くハンジさんの説明を受け入れた。
 わたしの部屋にあるものはハンジさんの世界にないものばかりだというし、納得するしかないのかもしれない。

「いまから夜ご飯作るからハンジさんも食べるか聞きに来ただけなんだよね。ええと、そちらの方は?」
「私はエルヴィン・スミスだ」
「ご丁寧にどうも。わたしは名字名前です。あっ、ええと、そちらの言い方にあわせるなら、名前名字になります」

 やっぱりハンジさんと同じく、どう見ても外国の人だし名前もそうなのに、しゃべっているのは日本語である。

「わたしの部屋見ます?」
「そうさせてもらおう」
「あの、すごく失礼なことを承知で聞くんですけど、お風呂、入ってますよね?」
「ああ、毎日入っている」
「よかった!」
「名前ってけっこう神経質なんだよ。あっそっちはブーツを脱いでいかないといけないよ」
「ハンジさんが三日もお風呂入ってないのに、素足で人の部屋に入り込もうとするからでしょ」
「名前が靴を脱げって言ったんじゃないか」

 ハンジさんがちょっぴり拗ねながら、エルビンさんにいろいろ説明してくれた。靴はここで脱ぐんだとか、スリッパはこれだとか。
 そのあいだにさっと部屋を見回して、下着とかゴミが落ちていないことを確認する。狭いワンルームの部屋はちょっと散らかっているけど、それはご愛嬌。ハンジさんしかいないと思っていたから気が抜けていただけなのだ。
 エルビンさんはまじまじと部屋のいろんなものを見ながら、窓を開けようとした。

「窓は開くけど、何かに遮られているみたいに出られないんだ。ガラスがあるみたいだろう」

 ハンジさんとエルビンさんが並んで窓の外を眺める。窓は開け放たれて冬の風が入り込んできているのに、見えないガラスが通せんぼしているみたいに、ふたりは指さえも外へ出すことが出来なかった。

「……そうか、残念だ。ここはかなり発達した世界のようだな」
「あの、エルビンさん」
「エルヴィンだ」
「エルビン」
「エルヴィン」
「……エルヴィン?」

 エルビンさんあらためエルヴィンさんは頷いた。背が高いとどうしても見下ろされるし、オーラがすごいし、威圧感に押しつぶされそうだ。

「エルヴィンさんもご飯食べますか? いまから夜ご飯作るんです」

 エルヴィンさんはハンジさんを見て、こしょこしょ何か話し合ったあと頷いた。たんす以外は基本的にどこを見てもいいことを伝えて、ご飯の準備に取りかかる。
 今日も疲れた。わたしは疲れたのだ。だから、おいしいご飯を食べないと元気がでない。

「ねえ名前、エルヴィンに説明が終わったらお風呂借りてもいい?」
「えっハンジさんまたお風呂入ってないの?」
「昨日入ったよ! 入らないと名前の部屋に入れてもらえないじゃないか。湯船に浸かりたいんだよ」
「いやエルヴィンさんがいる時はやめておこうよさすがにやめておこうよ」
「今日は森林の香りを入れて浸かりたいんだよ! いいじゃんかー! 今日の私はお風呂に浸かるのと名前のご飯を楽しみにがんばったのに!」
「エルヴィンさんに許可もらってください」

 エルヴィンさんはあっさりと許可を出してしまった。嘘だろ。
 うちは狭いワンルームなので、脱衣所がない。ハンジさんが来てから、突っ張り棒と適当な布で作った脱衣所もどきは、廊下を遮って目隠ししただけのものだ。キッチンの真後ろにお風呂があるので、わたしも脱衣所のなかにいることになるのだけど、ハンジさんは気にしなかった。
 軽く湯船を洗ってお湯をためて、すぽーんっと服を脱いで浴室に消えていく。うっひょー! とはしゃぐ声をBGMに、フォークで手羽先に穴をあけた。

 布越しにエルヴィンさんの質問に答えながら、手羽先をじっくり揚げていく。エルヴィンさんは、ハンジさんと違って話が逸れなくて頭の回転がはやくて、すこし説明しただけでわかってしまうような賢さがあった。
 テレビの作り方だとか、電気の仕組みだとか、聞かれてもわからないわたしの頭の悪さを浮き彫りにしながら、エルヴィンさんは部屋を把握していく。手羽先がきれいに色づいた。
 大量の手羽先を揚げて、休ませて、二度揚げしてタレに絡ませると、揚げたてじゅわじゅわの手羽先のからあげの完成だ。ちょうどハンジさんもお風呂から出てきて、いそいそとこたつにもぐりこむ。
 エルヴィンさんもこたつに押し込んで、缶ビールを3本と手羽先、作り置きのポテトサラダとトマトの塩昆布あえを出した。せまいこたつの上に、ぎゅうぎゅうにおいしい幸せなにおいが広がる。

「それでは、いただきまーす! 乾杯!」
「いただきます?」
「ああ、名前の国の、食前に言う言葉だよ。さっ、エルヴィンも乾杯!」

 エルヴィンさんは見たことない缶ビールを飲むのをためらうかと思っていたけど、そんなことはなかった。プルタブに感心していたぶん飲むのが遅れたけど、豪快にごきゅごきゅと喉に流し込んだ。

「これはうまいな」
「でしょー!? やっぱりお酒は名前の家で飲むのにかぎるね!」
「二人ともはやく、お口がビールで冷えたところに揚げたての手羽先を!」

 3人で手羽先にかぶりつく。手がべたべたになるけど、それさえも醍醐味だ。

「むっ……これは」

 エルヴィンさんが目を見開き、ビールを飲み干す。

「……うまいな」
「これはビールとの相性がばつぐんなんですよ! ちょっとスパイシーにしたから、余計にビールがおいしいですねえ」

 ビールをさらに出してきて、二人で2本目に突入した。ハンジさんは無心で手羽先をむさぼっている。

「ハンジ、このテレビというものは……うむ、うまいな」
「ビール最高! このポテトサラダも! トマトもこの黒い物体をまぶすだけでおいしくなるなんて、名前はたいしたシェフだよ」
「窓から……うまい……出られない仮説をたてたんだが、これはうまい」
「名前のご飯を食べたら、語彙力が低下するんだよ」

 とんだ言いがかりである。
 でも、食糧難だというハンジさんたちの世界では、塩昆布も貴重なものなんだろう。結局ご飯はおいしいという話をして、ビールからスパークリングの日本酒へと飲みすすめていって、酔いつぶれたところでお開きとなった。
 また来ると言ったエルヴィンさんは、初対面のどこか冷ややかな顔ではなく、自然な微笑みを見せてくれた。わたしはハンジさんのことでさえよく知らないけど、エルヴィンさんの眉間のしわが取れてよかったということだけは確かだった。
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