頭のいい彼には、私をとりまく物事がすべて見えているのかもしれない。目の前の彼が首をかしげた拍子に、絹のようなさらさらとした金髪がゆれて、幼く見える顔をふちどった。
 アルミンがちらりと様子を確認したさきには、さっきよりは落ち込んでいないミカサと、状況を理解していないエレンがいた。ミカサが落ち込んでいるのを察し、エレンと二人きりにしたアルミンが来る先は、いつも私の前だ。
 アルミンは安心したように瞳を伏せ、スープを飲み干す。



「いつも思うけど、名前ってどうして発想が斜め上にいくんだろうね。意外と研究職に向いているかもしれない」
「ありがとう。でもね、いまはそんな話をしているんじゃないの。ライナーの話をしているのよ」



 ライナーへの淡い恋をなんとか成就させようと奮闘する私は、アルミンの目にはすべてが空回っているように映るらしい。見るに見かねてアドバイスをくれるアルミンの言葉は、なかなか的確だ。
 今日のアドバイスは「外堀から埋めるのはいいかもしれないけど、ジャンに話しかけてもその作戦は成功しないと思うよ。せめてベルトルトに話しかけないと」だった。確かにジャンとライナーが話しているのって、そこまで見たことがない。



「まず本人に話しかけてみればいいのに」
「えっ」
「その発想はなかったみたいな顔してるけど、基本だと思うよ。僕も恋愛に関しては詳しくないからなんとも言えないけど」



 ……盲点だ。
 ライナーに話しかけるには、まず彼が好きなものなどを知る必要があると思っていた。だからこそジャンに話しかけていたのに、それを飛び越えて本人に話しかけるだなんて、セオリーを無視しているのではないか。
 綺麗な青い目に、目を丸くしている間抜け面がうつる。最後のパンを口に押し込んで、アルミンは席を立った。腕を引かれて立つように促され、あまりの衝撃にぼうっとしたまま歩き出す。行き先はライナーとベルトルトのところだった。



「アルミン! もしかして基本を実行しようとしてる?」
「だって、このままじゃ埒があかないよ」



 肩をすくめるアルミンはライナーとベルトルトに席に座ってもいいか尋ね、肯定の返事を聞くやいなや、ライナーの横に私を押し込んだ。膝をおされ、かくんと椅子に座り込む。
 青い目をランプの光で揺らめかせ、アルミンは飲み物をとってくるとおだやかに告げた。
 その仕打ちはあんまりじゃないですか、アルミンさん。視線で訴えるものの、アルミンはにっこり笑って去っていってしまった。

 気まずい沈黙が3人を包み込む。ジャンが言ってたのはええと、ライナーはよく食べるとか何とか……。



「──名前は」
「うわっ、はい!」
「名前は、アルミンと仲がいいのか」



 質問するライナーの声はいつもと少し違った。
 横を見るが、今までにないほど近い距離に驚いて息を呑む。それと一緒に答えまで飲み込んでしまって、何を言おうとしたのか忘れてしまった。緊張で手が震える。



「今日はミカサが元気ないからだと思う。アルミンってまわりをよく見てるし」



 ライナーの顔にハテナが飛び交う。それを見た私の顔にも、ハテナが飛び交う。
 なんと答えたらいいかわからないというライナーの顔を見て、ようやく意味が伝わってないと気付き、慌てて補足をする。が、緊張したために、余計に意味がわからなくなってしまった。



「ええっと、今日はミカサが元気なくて、エレンと二人きりがいいって、アルミンが来て、それでええと、基本に忠実にしているとこ」
「……そうか」
「アルミンとはそこそこ仲がいいと思う。たぶん、10番目くらいに」
「それは仲がいいのか?」
「わからないけど、アルミンは頭がいいから」



 だからアドバイスをくれるし、作戦に間違いがあったら指摘してくれる。
 一生懸命身振り手振りで説明していると、人数分の飲み物を持ったアルミンがベルトルトの横に座った。それぞれの前に好みの飲み物を置きながら、残念なものを見るような視線を突き刺してくる。
 アルミンにこんな顔をされると、心臓にぐさっと何かを突き立てられるような気がする。



「……名前。いまのは酷いよ」
「……やっぱりアルミンもそう思う?」
「うん」
「名前とアルミンは、やっぱり仲がいいんだな」



 ひとり納得したようにコップを揺らすライナーの顔は、どこか寂しそうだ。
 伏せた視線がちらりとアルミンをとらえ、またコップに戻る。ベルトルトが心配そうにライナーとアルミンを交互に見るのに気付いて、慌てて椅子から立ち上がった。



「ごめん! そうだよね、私ってば邪魔してごめん!」
「名前? どうしたんだ?」
「私なら気にしないで! アルミンとどうぞごゆっくり!」
「……名前ってやっぱり研究家にはなれそうにないね。いいから座りなよ。邪魔しているのは僕たちなんだから」



 アルミンとベルトルトが席を立って、そっと肩を押された。抵抗せず座った椅子は心なしかライナーと距離が近くて、慌てて俯く。赤い顔を見られたら、もう言い訳なんて出来ない。
 ライナーは去っていくふたりを引き止めもせず、コップを机に置いた。わずかな音にびくりと肩が揺れ、低い安心させるような声が耳をくすぐる。



「直球に聞くが、名前はアルミンが好きなのか? その……恋愛感情で」
「ううん、それはない、けど」
「──そうか」



 安心したような顔がランプに照らされて、綺麗だと思った。
 食事の終わりを告げる鐘が鳴るまでのほんの少しのあいだ、ライナーとこうしていられるなんて夢みたいだ。
 すこしでも長くここにいられるように、飲み物をほんのすこしだけ口に含む。ライナーもゆっくりコップを傾けていて、たまに視線が交差する。静かで沈黙が心地いい空間は、くせになりそうだった。
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