「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「すみません、酔っぱらいを引き取りに来ただけなので」



 笑顔で接客してくれたお姉さんに申し訳なく思いながら頭をさげると、お姉さんは慣れたように笑ってくれた。どうぞー、と言う声にもう一度頭をさげて、教えられた場所を探す。
 きょろきょろしながら歩いていると、ちょうど奥の座敷から顔をだしたベルトルトが申し訳なさそうに眉毛をさげた。
 それに手を振って遠慮なく座敷にあがりこんで、ぐでんぐでんに酔っ払ったライナーを見つける。男だけの飲み会は、これだから品がないのだ。吐くまで飲め、吐いても飲め。かといって女の飲み会が品があるのかというと、リアルすぎる性の話のせいで品がないのだけど。



「ごめん名前。僕も飲んじゃって、ライナーを送っていけなくて……」
「ベルトルトが悪いんじゃないよ」
「おーっ、奥さんのお迎えか! ヒューヒュー!」
「コニーうるさい」



 コニーはいつまでたっても背が伸びないし、言動も子供みたいだ。顔が真っ赤なジャンとエレンはふたりで飲み比べをしていて、はしゃぐコニーをアルミンが抑えていて、マルコとベルトルトは静かにおとなしく飲んでいたみたいだ。いつもはジャンとエレンを止めたり、コニーの飲み過ぎを防いでいるライナーが、一番酔っ払っているのは珍しい。
 頬と首をアルコールで赤くして寝転んでいるライナーは、気持ちよさそうに寝ていた。鼻をつまんでみるが、反応はない。



「これ、しばらく寝かせとかないと駄目なパターンだわ。たぶん少ししたら勝手に起きると思うから、しばらくここにいていい?」
「うん、ごめんね」



 ベルトルトがへにゃりと眉毛をさげて、自分が悪いように謝った。
 低い机のしたで寝返りをうとうと頑張っているライナーを、なんとか引っ張る。服がぐちゃぐちゃになって、手足がいろんなところにガンガン当たっても、ライナーは目覚める気配がなかった。

 せまい部屋の隅まで引きずって、適当に転がす。むにゃむにゃと口を動かすライナーの頬をつついて、めったに見られない熟睡している顔をじっくりと堪能することにした。
 最近はいろいろ重なって忙しそうだったから、疲れがたまっていたんだろう。ほんの少しでも自分が関わると、とたんに責任を感じて全力でやり始めるものだから、どんどんと仕事が増えていく。それがライナーにとって負担のようでいて生きがいだから、損な性格だと思う。そこが好きな私も、損な性格なんだろうけど。



「……名前?」
「あ、ライナー。おきた? 気分はどう?」
「んー……」



 ライナーは目を閉じたまま、わずかに首を振った。これはもうすこし時間がかかりそうだ。
 大きな手がなにかを探るように、ぺしぺしと動かされる。その手を握って頭を持ち上げて、自分の膝のうえにライナーの頭をのせた。あいた手でライナーの柔らかな金髪をなでながら、くすぐるように耳をなでる。



「名前……」
「なに?」
「好きだ! 結婚してくれ!」
「はいはい、3年後にね」
「約束だぞー……」



 もう酔っ払うのはやめてほしい。本当に。マルコとベルトルトの生ぬるくバカップルを見守る目といったら、私ひとりで耐えられるものではない。
 はやく起きてくれという思いをこめてほっぺたを引っ張る。かたいし伸びないから面白くない。



「名前……約束だぞ?」
「うん。忘れないでね」
「忘れるもんか。名前、好きだー」
「はいはい、私も好きですよー」
「本当か? 嘘じゃないか?」
「嘘ついてどうするのよ。めんどうくさく酔っぱらったライナーを、夜中に迎えに来るくらいには好きだよ」
「名前!」



 がばっと起き上がったライナーが、ふらついて頭を押さえる。慌てて体を支えると、酔っ払ったと見せかけて情欲を灯したライナーの目が、ぎらりと光った。
 体がぞくりとして背筋が伸びる。これは、ベッドのなかで見せる顔だ。



「名前……3年も待てない」
「ま、待って、そういうのは家に帰ってからにしよう、ねっ?」
「待てない」



 ライナーの顔が近付いてきて、必死に体を押し返した努力は意味がなかったことを知った。
 ちゅっちゅっと優しいものを数度、待ってと懇願しようと口を開いた隙をついて、ぬるりと舌が入り込む。舌を押し返そうとしたのに、それが絡めとられて、まるで自分から舌を絡めたみたいになってしまった。恥ずかしい音が鳴る。



「ライ、ナー……! やめないと、結婚しない!」
「……っ!」



 荒々しく動いていた舌がとまる。目を見開いて真偽を確認するライナーの体を押して、いまのうちにと距離をとった。
 ああ、まわりの目が怖い。ベルトルトなんて顔を真っ赤にしてるし、マルコやアルミンもほんのり顔が赤いし、コニーなんて石化してる。ジャンとエレンがまだお互いに夢中なのが、いまはありがたい。



「名前……俺と結婚しないのか?」
「一緒に帰って、自力で部屋まで行ってくれたらするかも」
「帰る」



 すっくと立ち上がったライナーは、ふらつきながら歩き出した。慌ててライナーのぶんのお金を置いて、ライナーの荷物を持って、ふらふらな後ろ姿を追う。ああもう、車がどこにあるのかも知らないくせに。



「ええと、みんなごめんね。お騒がせしました。さきに帰るね」
「うん、ごめんね名前。あとね、ちょっと教えておきたいんだけど」
「なによベルトルト、改まって」
「ライナー、名前を妊娠させたらすぐ結婚できるんじゃないかって、ずっと言ってたから。気をつけてね」
「……え。冗談、だよね?」
「男の子と女の子がひとりずつ欲しいって言ってたから、全員で体位を考えたんだ。がんばってね」



 それ、気をつけてって忠告した人が言う台詞じゃない。
 くらりとする視界に、アルミンの声が響いた。酔っていないように見えて、意外と酔っ払っていたらしい。



「ジャンとコニーが科学に基づいていないことを言っていたから、僕とマルコで訂正しておいたよ。ベルトルトは自分の好きな体位を言ってるだけだったけど」
「……そう。ありがとうアルミン、あとで覚えていてね」
「えへへ、悪いなあ」



 本当にね。

 ここにこれ以上いてもいいことがあるどころとか悪いことばかり起こりそうで、なにも言わずにライナーのあとを追う。入口で待っていたライナーは、私の姿を見つけて抱きついてきた。
 重い体をなんとか支えて、ふたりで歩き始める。このまま寝かせてしまうか、ライナーにおとなしく襲われるか、悩むところが悩みである。
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