「頭がかたい年寄りって、なんで考えることが偏っているのかしら。あんたたちだってやることやって子供が出来たんでしょうに、私たちがそれをするとなると途端に渋い顔して。だいたい成功率をあげるなら私がいてもいいのに、あんなに反対しなくても」
「名前」



 横に座っていたアニが鋭い声で制止してくるのに、肩をすくめてみせる。いまので私たちが巨人だなんてわかる人がいたら、作戦を決行するまえにおしまいでしょうよ。
 それでも軽率な発言をしたことは確かなので、何も言わずに口を閉じた。じっとりした視線をライナーとベルトルトに向けることは忘れずに。

 ベルトルトはずるい。男ってだけでライナーの横にいることが容易になる。アニだってそばにいてもいいのにそれをしないのは、一人が好きな彼女の性格ゆえだ。
 私はライナーのそばにいたいけど、アニのそばにもいたい。それを両立するのは難しい。



「さっさと向こうに行ったら。そんな人を殺しそうな顔をして、ベルトルトが怯えてる」
「だってずるいじゃない。私だってライナーの横にいたいのに、ベルトルトばっかり気にかけてもらって寝るときまでそばにいて、これが公平だったら私は神を恨むわ。まあ、こんな世界に神なんているわけないでしょうけど。そもそもベルトルトはあんなに背が伸びてる時点でずるいのよ。私だってライナーの顔がよく見える身長になりたいのに」
「ストップ。呪いをはかないで。まわりが怯えてる」
「ライナー以外の人間なんてどうでもいいじゃないの」



 まわりの人間が怯えようと怒ろうと、最終的には皆殺しだ。この壁のなかにいる人類すべてを秤にかけても、ライナーにはとうてい敵わないというのに。
 アニの言うことが心底不思議で、綺麗な金髪に隠れている目を見ようと覗き込む。



「あ、アニは大切よ。もちろん」
「そうじゃない」



 もういい、とアニは手をふった。アニの考えていることは相変わらずよくわからない。首をかしげてからまたライナーを見る作業に戻る。
 ライナーは私以外の人間と楽しそうに話していて、ぎりぎりとくちびるを噛み締めたくなった。ライナーにするなって言われたからしないけど。



「私がいちばんライナーと親しいのよ。ベルトルトにだって負けないんだから。それなのにあいつら、気軽にライナーに話しかけて、どう責任をとるつもりなの。そりゃライナーが素晴らしいから話しかけたいのもわかるけど、ライナーが優しいから相手をしてるって知らないのは問題じゃないの」
「名前、さっさとライナーのところへ行きな。うるさい」
「でも私、アニとも一緒にいたい」
「この世界で一番大事なひとをもう決めてるくせに、なに言ってるんだい」



 アニはそっと背中を押すと見せかけて、机のしたで足を蹴ってさっさと行けと言ってきた。痛い。
 足をさすりながら立ち上がるものの、アニと離れることがすこし寂しくて何度も振り返ってしまう。アニは呆れながら、しっしと追い払うように手を動かした。なんだか厄介払いみたいじゃないか。
 むっすりと口を曲げると、アニの低めでよくとおる声が耳に追いついた。



「夜は一緒にいてあげるから」



 それなら安心して前を向ける。アニに笑いかけてから、談笑しているライナーに近づいていく。訓練兵としてもぐりこんでもう二ヶ月。これでもかなり我慢したのだ。ライナーに極力話しかけずに見るだけにとどめて、どれだけ日々がつまらなかったか。
 ライナーの目の前に座ると、まわりにいた人類が驚いたように私を見てきた。ライナーは冷静に私の行動を受け止めて、どうしたのかと優しく聞いてくれる。やっぱりライナーは素敵だわ、人類が芋に見える。



「私、二ヶ月よく我慢したと思わない? これでも努力したのよ。ライナーを諦めたほうがいいのかとか、らしくもなく考えたの。ライナー、はっきり言ってちょうだい。目の前に現れるなと言えば、それに従うわ。見るなというなら両目をえぐりだす。恋を捨てろというなら死ぬわ」



 ライナーは真面目な顔になって私を見た。これまでライナーを愛しながらも結論を聞かなかったのは、ライナーの負担にならないようにするためだ。
 彼はきっと、どんな答えをだしても悩んでひとりで背負おうとする。でももう限界だ。このさき世界が崩壊するというのなら、そのまえに自分の居場所を明確にしておかなければならない。



「……いままで名前のそばにいた俺が、そんなことを言うと思うのか?」
「言わないと願っているけど、ライナーは優しいから」



 降参だというようにライナーが両手をあげる。そんな姿も様になるなんて、やはりライナーはかっこいい。
 ライナーの大きな手が伸びてきて、頭をすこし乱暴になでた。ずいぶんと久しぶりのふれあいにうっとりと目を閉じて、優しさを全身で受け止める。



「そりゃあ、止められはしたが。それでも名前のそばにいることを選んだのは俺自身だ」
「ライナー」
「愛してる」



 幻聴かと思ったのは、数え切れないほど夢見た言葉だったからかもしれない。毎晩寝る前に、何度もこの言葉を言われる場面を想像した。
 ライナーは微笑んで頬をなでながら、ほしい言葉をくれる。



「ライナー、あなたの道が私の道。目の前に立ちふさがるものがあるなら倒す。後ろから追ってくるものがあれば排除する。道が狭いなら広げてみせる」
「そんなことはしなくていい。前でも後ろでもなく、横にいてくれないか」
「あなたがそれを望むなら」



 ライナーにくちびるを寄せる。どよめく声も驚くベルトルトの顔も、私にとってはいつでもどうでもいいことだ。
 くちびるをふれる寸前でとめて、最後の選択をライナーに預ける。キスをするのも拒否するのも突き飛ばすのも、すべてはライナーの思うがままに。
 ライナーは、どこまでも名前だなと笑った。ふれるくちびるだけは想像できなかったもので、目を閉じずに現実かと疑う。ライナーは目を開けて微笑んで、もういちど口づけてくれた。



「現実だとわかるまで、いくらでも何度でもしよう。一緒に故郷に帰る、その日まで」
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