「ごめん。ごめん、ごめんね」



 ぽたぽたと涙が落ちる。ライナーの鍛えられた体に、精悍な顔に、私の汚れた涙が落ちては服を濡らしていく。ライナーのにおいがする服に私の涙が染み込んでいくのは申し訳ない気持ちだけど、どこか高揚した。だって私はいまから、ライナーを犯すんだもの。
 目の前には、ようやく意識を取り戻しつつあるライナーの顔。いまごろベルトルトが探しているかもしれないけど、大事な話があるって言っておいたから、察してくれているかもしれない。



「ライナー、ごめんね」



 もう一度心から謝って、服に手をかけた。手足は大の字になるように縄で縛って、打ち付けておいた杭に先を結びつけてある。

 謝るのは何に対してだろう。
 ひとつ、もしかしたら初めてかもしれないものを奪うから。ふたつ、手足を縛ってしまったから。みっつ、心底悪いと思っていないから。ひとつ思い浮かべるごとにひとつボタンを外して、うっすらと目を開けたライナーに声をかけた。



「よっつ、お酒にこっそり薬を入れたから」
「名前……?」
「ごめんねライナー。暴れないで」



 ぼんやりと目の焦点を合わせたライナーは、慌てて状況を確認した。体を自由に動かせないことに気付き、縄から抜け出そうともがく。それを力で押さえつけずに、握り締められた拳にそっと手を置くことで、危害を加えないことを伝えた。



「ねえライナー、私たち、卒業演習に合格したわね。ライナーは予想通り上位で、私は思っていたよりちょっぴり上の順位で」
「名前、これをほどいてくれ」
「駄目よ。だってライナーは明日から憲兵になるんでしょう。私はあの壁の向こうへは行けない。どうあがいても数日で会えなくなる」



 ライナーの目が細められ、物事の本質を見定められる頭脳が正解をたたきだした。見開かれる目に、否定はせず沈黙を選ぶ。沈黙は、時としてどんな言葉で着飾るよりも明確なことを伝える。



「……名前。本気か」
「ごめんねライナー。私、あなたの大切なものを奪って粉々にしてしまうかもしれない。私も初めてだから、許して」



 ひどい女だと思った。決して許されないことを、純潔を盾に、表面上だけでも許されるように仕向けている。ライナーは私の貞操を軽くは扱わないだろう。その証拠にほら、きれいな瞳が揺らいでいる。
 質素なシャツは、めくるだけで簡単に素肌をさらした。慌てるライナーのお腹に馬乗りになって、そうっと指先で肌をなぞる。くすぐったかったのか、ライナーがぴくりと反応して体をよじった。本気で暴れてもいいのか計りかねているあいだに、上半身が月の光に照らされる。女を襲う男の脳みそなど理解したくもなかったが、なるほど、こうして見ると気持ちがわかる気がする。ほんのすこしだけ。



「ライナー、ごめんね」



 低く安心させるような声が私の名前を呼んだ。なだめるように何度も。気付けばライナーは抵抗するのをやめて、手足は力なく投げ出されていた。涙は肌には吸い込まれず、曲線を伝って地面へと落ちる。女とは違って筋肉がつきやすい体は、本気で暴れれば杭など引き抜いてしまうかもしれない。それをしないのは、目の前で横たわる彼が、心底仲間思いだからだ。



「泣くな、名前」
「どうしてそんなに心配そうな顔をするの。いまから私がすること、わからないわけじゃないでしょう」
「このままでは涙をぬぐうことが出来ない」



 心配するところが間違っている。好きな相手に薬を飲ませて夜這いをする私が言うのはおかしいかもしれないけど、ライナーも少しずれている。

 ライナーは右手に力をこめ、杭を引き抜いてしまった。どこかで予想していたこととはいえ、現実になると驚くしか出来ない。私の罠など、彼にとっては最初から危惧するものではなかったのだ。
 ライナーはそのまま左手も自由にするかと思いきや、それはせずただ静かに腕を伸ばしてきた。頬を濡らす涙をぬぐい、そのままなでる仕草は、自分を犯そうとした相手にする行為だとは到底思えない。



「俺だって初めてだ。それなりに理想もある」
「……ごめんなさい」
「だから、やり直しをしよう」



 ぱちりと瞬いた拍子に、涙がこぼれ落ちた。にじんだ視界がひらかれて、その中心にいる人物は大真面目な顔で提案する。聞き間違いだと思った私に気付いたのか、ライナーが慌てたように口を開いた。



「俺たちは、明日にはもう会えなくなってしまうかもしれない。それを考えたくはないが、俺には──」
「ライナー?」
「いや、いい。だから名前、明日が来る前にやり直しをしよう。俺の想像の相手は、いつも名前だった」
「……優しい嘘つきね」
「──俺は優しくない」



 左手の杭も引き抜かれ、乱暴に縄がほどかれる。あとのついた手首の感触を確かめてから伸ばされる腕に、迷わず胸にとびこんだ。
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