名前が私だけ呼び出したのは、エレンと名前が話した数日後のことだった。私だけ呼び出したのは、おそらくエレンを呼び出した際に言ったことを守るためだろう。律儀な性格な名前と、すこし離れた場所へと歩く。
草のうえに腰をおろしたあとも、名前は長いあいだ黙っているだけだった。その頬がわずかに赤く染まり、指が落ち着き無く動くのを視界のすみで見た。はじめて見る名前の女らしい表情に、なぜか胸がざわりと音をたてる。こういう状況は慣れない。
「ミカサ。このあいだはエレンと二人きりになってすまなかった」
「……べつに。私がどうこう言うことじゃない」
「さんざん反対したくせに」
名前がくすくすと笑う。どうやら緊張がほぐれたみたいだ。いつもの名前に戻ったと思ったのも束の間、またすぐに思いつめたような表情になって、紙を差し出してきた。綺麗な字が並ぶそこには、とある人物の特徴が書かれている。
「それを読んで、どう思った?」
「どうって……ああ、そういえば名前に似ている気がする」
ちょうど目の前にいるから、思い浮かべやすかったところもある。名前はぽうっと頬を染めて、唇をかんで下を見た。この独特の雰囲気には覚えがある。ハンナとフランツのそれだ。
「それはとある人物の理想の女性だ。その人物が、私を思い浮かべてそれを言ったと証言したらしい。私は直接聞いていないが、人伝てにそれを聞いた」
「そう」
誰かが名前を好きで、人伝てに告白したという話だろうか。名前にそのまま聞くと、顔がみるみるうちに赤くなっていく。立体機動でいまにも飛んでいきそうな足は、恥ずかしさからかむずむずと動いていた。
……前にエレンとアルミンと話していたのはこのことか。おそらくアルミンが、名前を好いている人物の手助けでもしたのだろう。アルミンは優しいから。そして頭がいい彼が誰かの思いを名前に伝えたということは、ふたりが両想いであることを示している。アルミンは無駄なことはしない。
「名前もその人が好きなのだから、早く返事をしてしまえばいい」
「どうして好きだとわかる。私はそんなことは言っていない」
「高熱が出たときのように顔が赤い。私でなくてもわかる」
名前は真っ赤になって足に顔をうずめた。これ以上言うと、おそらく本当に立体機動でどこかへ行ってしまう。そのまま訓練場へ行き、巨人の模型を片っ端から切り刻むくらいのことはしそうだ。
私に相談するわけでもなく、助言を求めるでもなく、ただ約束したから報告しにくる。そんな名前に似合うのは、誠実で間違っても浮気なんかしない男だ。
マフラーに顔をうずめて、次々に浮かんでくる顔をああでもないこうでもないと却下していると、後ろに気配を感じた。視線だけで誰か確認する。そこにいるのはライナーだった。そのうしろにアルミンがいて、私に目配せしてくる。
「……名前。名前は、その相手のどんなところが好きなの」
「そ、それは……」
「言えないということは、好きじゃないの?」
「違う! 私は……彼の誠実で兵士であろうとする姿が、とても好ましい。気がゆるみかけた時、彼を見るといつも身が引き締まる。彼にふさわしい兵士でありたいと、そう思えるんだ。そして……笑った顔が、とても可愛い。真面目な顔があれだけ格好いいのに、笑うと可愛いなんてとてもいけないと思う。それにライナーは頭もいいし、危険な役を自ら買って出てそれなのに驕らない」
名前の口は一度開くともう止まらなかった。抑えていたものがあふれだして止まらないなか、静かに立つ。あとはライナーに任せるべきだ。
「ミカサ? どこに……、ライナー」
名前の目が見開かれる。ライナーの横を通り抜けて、アルミンとふたりその場をあとにした。このあとはふたりに任せようとそう思うのに、風のいたずらでふたりの会話が聞こえてくる。
「名前。その……遅くなったが、俺の気持ちを伝えようと思う」
「ライ、ナー……いつからそこに? どこから聞いていた?」
「兵士であろうとする姿が好きだという、十秒ほど前から」
「……!」
「俺も名前の笑った顔がとても可愛いと感じている。真面目な顔は美人なのに、笑ったら可愛いなんていけないと思うぞ。だから名前、俺と付き合ってくれ。好きだ」
「……理由になってない」
名前の顔が赤いのは、振り返らなくてもわかった。風の向きが変わって、ふたりの声が聞こえなくなる。横にいるアルミンが嬉しそうな顔でふたりの恋を祝福しているのが見えて、なんだか私まで嬉しくなった。