「エレン・イェーガー。話がある」



 名前に引き止められたのは、崖登りが終わったあとのことだった。ふらふらの体は栄養を欲しているが、それを無視して立ち止まる。一緒にミカサとアルミンも立ち止まって、自然と名前と向き合う形になった。名前は疲れてなどいないような素振りで、引き結んだ口を開く。



「ミカサ、アルミン、すまないがエレンと二人きりで話したいことがある」
「私がいてはいけない?」
「ミカサを信用していないということではない。エレンに精神的苦痛も肉体的苦痛も与えないと誓おう。ただ、エレンに相談したいことがあるだけだ。エレンに相談したのち、ミカサにも協力を仰ぐかもしれない」
「なら初めから私がいてもいいはず」
「エレンもミカサも信頼に足る人物だとはわかっている。だがこれは、性別が男である人物に頼みたいことなのだ。エレンを信頼しているからこそ、私はいま自分が最も気がかりであることを話す。これは私の内面に深く関わっているものだ。そのことを考慮してほしい」



 無表情でそれなりに背がある女の、表面上は静かな言い争いに挟まれているこの場所は、長居したいとは到底思えない。またミカサにお守りされていると思われるのが嫌で、少し強めに名前と二人にしてくれるように言う。ミカサは渋々頷いて、アルミンは名前に頑張ってと言っていた。そういえばこの間名前はアルミンを引き止めていたから、それに関係ある話かもしれない。
 まだ名前の真意を探ろうと見てくるミカサに背を向けて、少し離れた場所に移動した。名前がすまないと謝ったのち、本題を切り出す。



「エレンに頼みたいことがある。報酬は、私が用意出来るものなら何でも用意しよう」
「何だよ、頼みたいことって」
「……とある女性の特徴を聞いた。これをさりげなく男に聞き、誰のことを言っているか推測してほしい」



 どうしてそんな事をするのか聞く前に、名前から渡された紙を見る。そこにはつらつらと特徴が書き連ねてあった。
 黒髪で長さは肩につくくらいで、緊張すると言葉遣いが変わる。あまり表情は変わらないが笑った顔は可愛い。背は高めで実は甘いものが好き。
 ……ん? これって……。



「……私は、ミカサだと思っているんだが、エレンはどう思う?」
「ミカサ? これが?」
「ミカサに当てはまるものが多い。それに……成績が優秀な者同士、話すこともあるだろうし」
「何の話だよ」
「何でもない。とにかく、エレンから見てこの紙に書いてあるのはミカサだと思うか?」



 なるほど、ミカサのことをよく知っているオレにこれを聞きたかったから連れ出したのか。ミカサがついてくることを拒んだ理由がわかり、もう一度綺麗な字を目で追った。
 確かに髪に関することや背が高いところは一致するが、そのほかは当てはまらない。むしろこれを指しているのは、



「名前だろ」
「何だ」
「だから、この紙に書かれているのって、名前だろ。さっきから緊張して言葉遣いが変わってるし、髪だって黒くて肩まである。甘いものは?」
「好き、だが……笑った顔は可愛くない」
「それは名前が思ってるだけだろ」



 名前は信じられないというように目を見開き、僅かに開いた唇を震わせた。徐々に頬が熱を帯びて、オレを凝視している目が潤む。初めて見る名前の表情をなんとなく直視出来ずに、目を伏せた。赤く濡れた唇から、鼓膜を震わせる吐息が吐き出される。



「そんな……そんなこと、ない」
「あるだろ」
「──それを確かめるためにも、エレン、これが誰か聞いてきて。男の目から見る女と、女の目から見る女は違う。私は女に聞くから、エレンは男を頼む」
「ああ、わかった」
「報酬を考えておいてくれ」



 名前はまだ赤いままの顔で、勢いよく走っていってしまった。それを見送って、もう一度文字を読む。自分のことが書かれているか聞き込みをしたいとは、名前も変わっている。
 ポケットに入れようと、ぐしゃぐしゃに丸めかけた紙を伸ばす。綺麗な字が書かれている紙は、綺麗にたたむのが相応しい。



・・・



「……名前だろうな」
「ライナーもそう思うか? 聞き込みでは、半分は名前って答えてるんだ」



 名前から渡された紙を見ながらの聞き込みに、10人目に捕まえたライナーは考え込むような仕草を見せた。それからオレに断って紙を見て、確信を得たように目に光が灯る。ライナーなら根本的な解決出来るかもしれないと、思慮深い口が開くのを待った。



「エレン、悪いがこれを尋ねるように頼んできた奴に伝えてくれるか。この紙に書かれていることを言った奴は、間違いなく名前のことを思い浮かべてこれを発言したと。俺がそう言ったと、そのまま伝えてくれ」



 よくわからないまま頷けば、ライナーは荒れた大きな手で口元を押さえた。ゆるむ口元を隠そうとしているらしいが、指の隙間から見える唇は笑っている。
 名前といいライナーといい、どうも浮かれているらしい。いい成績でもとったのかと首をかしげると、視界の隅でアルミンが苦笑した。
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