「アルミン・アルレルト。話がある」



 かたい表情の名前に話しかけられたのは、今日の訓練が終わって暗くなろうとしている時だった。筋肉も頭も酷使した体は休息を求めているが、それを無視して振り返る。エレンとミカサに先に行くように促して向き直ると、名前は場所を移そうと提案してきた。それに頷いて、誘導するように人のあいだをすり抜けていく背を追いかける。一秒でも早くと急かす足を何とか宥めながら歩く様は、まるで緊急事態が発生したみたいだった。



「アルミン・アルレルト。私は今から重大な頼み……いや、任務を伝えようと思う。引き受けてくれないか。報酬は、私が用意できるものなら何でも用意しよう」
「任務って……内容次第では引き受けられないけど」
「──誰にも言わないと、誓えるか。人類のために捧げた心臓に誓えるか」
「誓うよ。任務を引き受けるかは別として、名前から聞いたことは誰にも言わない」



 名前は僕の言葉が真実か確かめようと、びりびりとした殺気を向けてきた。それに出来るだけ毅然とした態度で、名前の信頼に足る人物だと示す。数秒が何倍にも感じられた沈黙ののち、名前は頷いた。
 名前は軽率な性格ではない。僕に声をかけた時点ですでに様々なパターンを想定したシミュレーションを終了させていたはずだ。だから僕がこの試練に失敗していたら──考えたくもない結果になっていたかもしれない。
 教官と対峙するような緊張のあと、名前はようやく本題を切り出す。その口から出た言葉は、知らずにごくりと鳴る喉を見事に裏切ったものだった。



「……ライナーの、理想の女性を聞き出してきてほしい。出来るだけ詳しく」
「……え」
「エレンとベルトルトと共に、よく話をしていると聞いた。雑談に交えて聞いてくれないか」
「え、と……つまり名前はライナーのことが、」



 言いかけた言葉は最後まで言わせてもらえなかった。風をきって繰り出された拳は顔面すれすれで止まり、一瞬のちにぶわっと冷や汗が吹き出す。拳の向こうで、あまり表情を変えない名前の頬が赤く染まっていた。なんというかこう……もう少し、恐怖を伴わない照れ隠しをしてくれたら嬉しいんだけど。



「アルミン、引き受けてくれるか?」
「いいけど、すぐには聞けないかもしれないことを覚えておいてほしい。──そして報酬は、名前の恋が叶ったら一番に教えてくれること」
「アルミン……」
「それくらいいいよね? 任務を引き受けるんだ、僕だって名前のことを応援してるんだよ」
「アルミン!」



 勢いよく抱きついてくる名前を受け止める脚力は、僕にはない。それをわかっているのか、名前は僕に抱きついておきながら僕を支えるという行動を取った。
 名前の身体能力の高さと、とことん僕を男として見ていないのが伝わってきて、喜ぶ名前の腕のなかで苦笑いをする。背中を叩いてギブアップを伝えるとあっさりと退いた体は、興奮のためかほんのりと朱に染まっていた。



・・・



「──アルミンは、名前と付き合っているのか?」



 ライナーの口からそんな言葉が飛び出したのは、名前から任務を引き受けたその晩のことだった。あまりにタイミングがいい質問に驚く僕を見て、ライナーは何でもないと言葉を濁した。
 ベルトルトはコニーの一方的なおしゃべりに付き合っている最中、エレンはマルコと今日の復習に没頭している。僕たちのことを気にしている者はなく、会話は賑やかな雑談のなかに紛れて溶け込んでしまうだろう。つまり、それを見計らって声をかけたライナーにとっては、この質問が重要なものであるということだ。



「今日、見てたの?」
「悪い。偶然通りかかってな。名前が抱きつくのが見えて……」
「僕を男扱いしてないからこその行動だよ。気にしなくていい」



 まだ納得していないらしいライナーは、それ以上何も言うことなく口を閉じる。こんな質問がくるということは、僕の見立てが間違っていなければ、ライナーは名前に少なからず好意を持っているということだ。
 勝手にゆるんでいく頬に何とか力を入れて、ライナーを見る。任務内容を他言しないと、名前と約束した。だから僕は、それとなくライナーに伝えなければならない。ライナーならすぐに現状を理解して、名前に思いを告げるだろう。



「僕は名前に少し頼まれたことがあるだけだよ。それに、僕は男扱いされていない。何故なら、名前はたった一人しか男として見ていないからだ」



 ライナーの瞳が見開かれる。さあ頑張れよ僕、ここからが正念場だ。万が一僕の憶測が間違っていれば、名前の恋はライナーに向けられてはいないと思わせなければいけないんだから。



「ところで話は変わるけど、ライナーの理想の女性って誰?」



 理想の女性像ではなく、誰が恋の相手かという質問と、わざとらしく話が変わると付け足された言葉に、ライナーの脳みそが回転して答えを導き出す。驚いた表情に、ライナーが正解にたどり着いたと確信を得た。ライナーは頭がいいから、今の質問だけで大体のことが把握できたはずだ。
 驚いた顔をゆっくりと変化させながら、ライナーが口を開く。明らかに誰か一人を思って紡がれる言葉は、ライナーらしい重みと愛を感じさせるものだった。



「……緊張すると、言葉がかたくなる。綺麗な黒髪は肩くらいまであって……とても、綺麗だと思う。表情はあまり変わらないが、笑った顔は……なんだ、その、まあいいだろう。体格がいいのを気にしている素振りを見せることがあるが、人類を守る盾であり剣である兵士なのだから、むしろ誇るべきだと思う。それに俺はそんなことは気にしていない。大事なのは中身だからな。あとは……そうだな。むやみに男に抱きつくのだけは直してほしいが」



 明らかに名前を指した言葉は、僕に対する牽制で終わる。僕は男として見られていないし、僕だって名前を恋愛対象として見たことはないのに。 笑ってそれを示すと、ライナーは気恥かしそうに口元を押さえて視線を逸らした。名前と違って危険を感じない照れ隠しに、恋を実らせるのに遠回りしながらも、バランスがとれている二人が並んでいるのを想像する。頭のなかで驚くほどしっくりとくる姿に、ゆるむ頬を抑えきれずに笑った。



・・・



 翌日、鬼神のように僕を壁際に追い詰めた名前は、どうだったと任務の成功を聞いてきた。傍から見ればいじめられているであろう光景のまま、ライナーから聞いた言葉をそのまま伝える。名前の特徴そのままである理想の女性を聞いて、名前はゆっくりと顔を伏せた。残念ながら僕のほうが背が低いので、覗き込めば簡単に表情が見えてしまう。
 綺麗な黒髪の隙間から見えたのは、驚きと悲しみが混じったような、一言では表現できない顔だった。ライナーいわく気にしているらしい体格を震わせ、名前は絞り出すように一人の女性の名前を口にした。



「ミカサか……」
「……えー……」
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