「私、アルミンのことが好きかもしれない」



 深刻な顔で名前が言いだしたのは、座学が終わった直後のことだった。
 名前の隣に座っていたアルミンは、ぴくりと肩を揺らして少女の横顔を見た。テストのときに見せるような真剣な表情に、アルミンの胸にじわじわと「まさか」という言葉が染み渡っていく。
 名前は教科書をしまうこともなく、じっと机の一点を見つめている。数秒して、大きなはしばみ色のひとみをアルミンに向けた名前は、なんの含みもないような声で少年の心を揺さぶった。



「私、アルミンのこと考えたことなかった。エレンとミカサが強烈すぎるっていうのもあるかもしれないけど。いままで気づかなかったけど、アルミンってすごく素敵な手をしてるし、ひとみが綺麗なのね」
「そ、そうかな」



 言葉につまりながら、アルミンは教室を見回した。つぎは昼食だからか、のんびりした空気が漂っている。食堂へ向かう訓練兵たちの足取りは急いではいないが、確実に数は減っていっている。待ってくれているエレンとミカサに先に行くよう言ってから、アルミンも教科書をまとめた。



「そんなことはないと思うけど……早く行こう、ご飯がなくなるよ」
「うん」



 名前は素直に返事をして立ち上がった。考え込みながら廊下を歩く名前がつまずいたり誰かとぶつかったりしないように注意しながら、アルミンは少女の横を歩く。自分よりわずかに低い場所でゆれる髪はやわらかそうで、ひとみと同じ綺麗なはしばみ色をしていた。身長が同じくらいとはいえ、体の線は細くシャツの下は女らしい曲線をえがいている。



「アルミンの手って、頑張っている人の手をしている。すごく素敵」
「あ、ありがとう」



 男ゆえに、手がいくら荒れようが皮が剥けようが気にせずにいたアルミンだが、そう言われると途端に自分の手が気になってしまう。純粋な視線から隠すように手で手をつつみ、ごまかすように笑った。手をじっと見つめていた名前はそれに気付かず、今度はアルミンのひとみを見つめた。
 青い澄んだ色のひとみは、光の加減によって淡くも濃くもなる。じっと見つめられたアルミンは沈黙に耐えきれず、なにを言おうか考えながら口を開いた。



「あの……名前。そんなに見られると恥ずかしいんだけど」
「どうして? すごく綺麗なのに」



 善悪に頓着しない名前の性格を思い出し、アルミンはそれ以上言うのをやめた。何を言っても、名前には自分の気持ちを理解できないだろう。
 諦めたと同時に、今度は不安がアルミンの胸を支配する。もし名前が巨人と遭遇して、髪や目の色が綺麗だと思ってしまったら、あっさりと食われてしまうのではないか。この想像を笑い飛ばせないのが、名前のこわいところだ。



「名前、僕たちは巨人を倒すためにこうやって鍛えてるんだよね?」
「うん、そうだけど」
「巨人に簡単に食べられないって、心臓に誓える?」
「アルミンになら誓えるわ」



 一番最後に入った食堂は満員だった。エレンとミカサがふたりぶんの席を確保していてくれるのを見て、アルミンは食事を受け取って席へと急ぐ。なんとなく、これ以上名前と会話するのは危険な気がしたのだ。
 名前はのんびりとアルミンの横に座り、パンをちぎる男の手を眺めた。頼りない、体力がない、エレンとミカサにくっついて自己主張しないやつ。アルミンに対する評価は誰でもほぼ同じで、名前も今まではそう思っていた。しかしたまたま座学でとなりの席に座ったことで、何もかもが一転してしまった。アルミンは自己主張しないわけでも頼りないわけでもない。人より多くのことを考え思いつくから、安易に発言しないだけなのだ。



「ねえアルミン」



 名前はひとくちもパンを食べていなかった。ただまっすぐアルミンを見つめ、自分の思ったことを口に出す。その純粋さは眩しく目を細めたくなるものだったが、場面が違うとこれほど危うく見えるものもない。



「私、アルミンのこと好きになってもいい?」



 それが男女の愛情か、アルミンには計りかねた。はぐらかしたり冗談ですませられない強い感情だけは伝わり、アルミンはごくりとなにかを飲み込んだ。もし愛情に形があれば、飲み込んだのはそれかもしれない。
 おそれていたことがおこってしまった以上、自分にできるのは受け止めてまっすぐ返すだけだ。名前の前では、ごまかしも欺瞞もいつわりも、なにもかもが等しく無になる。



「僕でよければ、いくらでも」



 男女の仲にくわしくないアルミンでも、駆け引きの存在や片思いで終わる例がいくらでもあることを知っていた。状況に応じて自分の気持ちを小出しにしていくのが一般的だということも。
 名前の前ではすべてがさらけだされ、セオリーも形無しになってしまう。腹をくくって自分の気持ちを伝えたアルミンは、思わず息を呑んだ。花がほころぶような笑顔が、自分だけに向けられたからだ。



「よかった。だって私、もうアルミンのこと好きになっちゃったんだもん」



 少女のようにはにかみながら、名前はほんのりと頬を染めた。
 これは友情か愛情か、ほかの人にも言っているのか、そもそも言葉の真意はなにか、アルミンには聞きたいことがたくさんあった。それらをすべて飲み込んだのは、目の前の少女の笑顔をすこしでも長く見ていたいという一心にすぎない。この先の道のりことを考えると自然とため息をつきたくなるが、心がどこか軽いのは、名前に好意を向けられていることがわかったからだと、アルミンは愛しい少女にほほえんだ。
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