目まぐるしく動く景色に、細かい体重移動を要求されるセンス、生まれて初めてした動きに痛む体。立体機動の練習場では、訓練生が思い思いに細いベルトに命を預ける行為を確認していた。あちこちで教官たちが見張っているなか、みんな恐る恐るといったようにぎこちなく動く。
 前回はベルトの付け方や注意事項、基本的な扱いの説明でほぼ終わってしまった。二回目となる今日、早くもコツを掴んで木々のあいだを飛んでいるのは、のちのち成績が優秀となるものばかりなのだろう。



「あ、ライナー」
「名前か。どうかしたのか?」



 偶然を装ってライナーに近付く。かなり前を進んでいたライナーに追いつくために必死だったのは、私だけの秘密だ。
 そばにいたベルトルトも止まり、何事かと私を見る。教官は私たちを見てはいるが、話したり注意しあっているのを怒ったりはしていない。つまりは、私がライナーに話しかけて彼がそれに答えても、ライナーの点がマイナスになることはないという事だ。
 出来るだけ何でもない顔をして、その時そばにいた人に尋ねるというように。太ももに巻いたベルトをさわりながら、ライナーに話しかけた。



「ライナー、調子はどう?」
「まあまあだな。ようやく慣れてきたが、早く動くのにはまだ時間がかかりそうだ」
「なんだか太もものベルトが食い込んであがってくるんだけど、ライナーはそんなことない?」



 ライナーの視線が太ももに移った。食い込んだベルトをわざとらしく引き下げて、ライナーの目に私を映す。お尻を見せつけてベルトを直す行為は女を意識させると、ミーナが言っていた。これでお母さんはお父さんを落としたのよ、というコメントに困る情報までつけて。
 ライナーの目がベルトを確認し、私に気付かれない程度に視線を逸らした。どうしたらいいと思う、という問いかけに、ライナーは考え込む素振りを見せる。



「足以外のところが緩んでいるからそうなるんじゃないのか?」



 なるほど。ライナーに意識してほしいけど、太もものベルトが上がってくるという悩みは本当のことなので、体に張り巡らされたベルトを再確認する。背中のベルトが緩んでいるかもしれないことに気付き、両手を回した。が、届かない。



「届かないのか?」
「……そうみたい」



 ここは出来るだけセクシーにベルトを直したかったところだけど、そもそも色気というものが出ていない私には初めから無理な話だったのかもしれない。おとなしくライナーにベルトを絞めてもらいながら、これはこれで結果オーライだと自分を慰める。
 ライナーの大きな手が背中を這い、ベルトを確認する。動いてみろと言われて動いてみると、先程より動きやすくなっていることに驚いた。



「すごい! ありがとうライナー!」
「命に関わることだからな」



 お礼を言われるに値しない行為だというような態度を取り、ライナーは待っていたベルトルトと共に飛んでいってしまった。それを見送って、試しに飛んでみる。さっきよりよっぽど操作しやすくなった立体機動装置をなでて、それからため息。やっぱりライナーに意識してもらうなんて無理だったのかもしれない。
 何も考えずにひゃっほーとか言っているコニーの元気をわけてもらいたいと考えながらガスをふかすと、マルコがそばにやってきた。先ほどのやり取りを見ていたらしいマルコが、的確なアドバイスをくれる。



「ライナーは顔には出さないけど、内心は動揺してたと思うよ」
「……見てたの?」
「まあね。あと、腰のベルトも見直したほうがいいんじゃないかな」



 マルコの忠告に従って、腰のベルトを引っ張る。今からこの調子だと、どう考えても上位10人のうちには入れそうにない。ライナーは入れそうなのにと口を尖らせると、マルコはにっこりと笑った。マルコはどうしてこんなに状況を把握するのが得意なんだろう。



「名前の立体機動についてはあまり言えないけど、嫉妬させることは出来るよ」
「嫉妬?」



 マルコの手が伸びた。腰のベルトを引っ張られ、バランスを崩しかけたところを支えられる。マルコらしくない言動に驚きながらもお礼を言うと、私が乗っている木がしなる感覚がした。
 横を見ると、先へ行っていたはずのライナーがいた。驚いて目を見張る私の横で、マルコが手を離す。



「じゃあ、アドバイスはここまで」
「……マルコってそんな性格だったっけ?」
「この世界で悠長なことを言っていられないと思っただけさ。あとは……そうだな」



 早く幸せを見たいだけだよ。マルコはいつもの笑顔でそう言い残して、森の中へと消えた。残されているのは私とライナーの二人だけで、今はベルトルトもいない。ごくりと喉がなる。
 色気なんて出せないけど、誘惑もできないけど、意識させることくらいは出来るって信じたい。情けなく震えそうになる唇を開いて、空気を吸い込んだ。



「ライナー……胸のベルトが、きついの。どうしたらいいと思う?」



 ほら、君の視線を独り占め。
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