「あっ、アニのこと、傷付けないで!」
アニと同じくらいの身長なのに、それより小さく見える体を震わせながら、名前は勇気を振り絞って声を張り上げた。誰から見ても精一杯という風貌で拳を握り締める名前の顔は真っ赤だ。アニは冷静に状況を見つつ、名前に声をかける。
「私は気にしてないから、名前が怒ることはない」
「アニは傷つかないフリがうまいだけだよ!」
こうなった名前を止めることが難しいことを、アニは経験から知っていた。こういうときに名前を止められるのはライナーだが、あいにく教室のなかには見当たらない。
アニに冗談まじりの暴言をはいた男子生徒は、いつもおとなしい名前を怒らせたことに気付き、しどろもどろに謝った。本人にしてみれば冗談のつもりだったのだが、名前が怒ることを言ったのだとようやく気付き、しゅんとした顔をする。それを見た名前は教室に漂う空気に気付き、慌てて謝った。
「ごめん、アニが傷ついたかと思って少し感情的になっちゃった。アニ、怒ってる?」
「私は初めから怒ってない」
「だって! ごめんね、私が勝手に怒っただけなの。気にしないでね」
名前が慌てた様子で何度も男子生徒に謝り、教室はようやくいつもの空気に戻った。育ち盛りな中学生にとって、お昼休みは空腹を満たす大事な時間だ。それを邪魔してしまったと落ち込む名前を、アニは不器用に慰めようと口を開く。
小さい頃から、名前を慰めるのは主にベルトルトの仕事だった。アニは気持ちが浮上した名前を受け止めることが多く、こんな展開は慣れていない。
「……私は傷付いていないし、気にしていない。でも、名前の気持ちは嬉しかった」
「アニ……私に怒ってないの?」
「怒ってない」
「……そっか」
目にうっすらと涙を浮かべながら安心したように微笑む名前に、アニもわずかな笑みを見せる。これを見たライナーはきっと言葉につまるだろうと思いながら、アニは肝心なときにいない二人を放っておいて昼食を食べようと名前を促した。
「名前が私を思ってくれているのは知っている」
「うん。アニも私を大事に思ってくれてるの、知ってるよ」
「ベルトルトも同じ気持ちだよ」
「ベルトルトって心配性だもんね」
くすくすと笑いながら、名前はお弁当を開ける。その中にライナーの好物が他のおかずより多く詰められているのを目敏く見つけ、アニは不機嫌そうに眉を寄せた。
別に、名前とライナーがくっつくのが嫌なわけじゃない。そう遠くない未来に、幼馴染である四人ですごす時間が減るだろうということが不満なだけだ。
「ライナーは?」
「え?」
「名前はライナーのことも、大事に思ってるの?」
「えっ……も、勿論、だよ」
先程とは反応が違う。頬を染めた名前の回答に、その様子を見ていた者はすぐに察した。名前の好意はライナーに向けられていて、二人がくっつくのは時間の問題だと。
パンを食べながらそれを見ていたコニーは、頭のネジがゆるい故の直球な質問を名前に投げかけた。教室がざわつく。
「ライナーに告らねえの?」
「コニー! 何言ってるの! わっ、私は別にライナーのこと……」
「好きだろ? いまさら隠すなよ鬱陶しい」
「ユミル!」
いつの間に後ろにいたのか、ユミルにそう言われて名前の顔がさらに赤くなる。クリスタの咎めるような声に、ユミルは肩をすくめただけで自分の言葉を撤回しようとも謝ろうともしない。
名前は頬を染め、手をもじもじと動かしながら、ようやく自分の恋がみんなに露見していたことに気付いた。名前はユミルの問いに答えることはせず、コニーの疑問への答えを口にする。
「だって……ライナーに嫌われるの、怖い……」
そんなことはないと口にしていいものかアニが悩む一瞬の間に、教室のドアが開いてライナーとベルトルトが帰ってきた。その手には昼食であるパンやジュースが握られていて、アニは口を閉ざす。やはりこういうことは、本人の口から言うのがいい。
ライナーとベルトルトはいつものように四人で昼食を食べようと席に座って、漂う空気が違うことに気がついた。そわそわしている名前の顔を覗き込み、ライナーは大きな手をその頭にのせる。一度だけ撫でられたそれに、名前の顔が明るくなった。
「どうした? 何かあったのか」
「ううん、何でもない! あの、あのね、ライナー」
「何だ?」
「あの……ライナーに撫でられるの、好きだから……嬉しくて」
言っちゃった、と照れながら笑う名前にライナーは平静を装いながら、そうかと短い言葉を返す。名前は赤い頬をごまかすように、下を向いてお弁当に集中しているふりをした。
ライナーが顔を背けながら口を押さえる。うるさいであろう心臓を宥めているのを見て、ベルトルトは苦笑した。まったく、早くくっつけばいいのに。だけどアニが寂しがってしばらくは二人の橋渡しをしないだろうから、お互いの思いに気付くのはまだ先のことになりそうだ。