女子で対人格闘の成績がいいのはミカサだ。ミカサは口がかたそうだし、何より真実しか言わないところが信用出来る。ただ、エレンにしか興味がなさそうなところが心配ではある。私のことなんかどうでもいいと言われる可能性が無きにしも非ず。
 ごくりと緊張を飲み込んで、静かにベッドで本を読んでいるミカサに近付く。すぐに私の気配に気付いてこちらを見てくる顔は、確かにジャンが虜になるのも頷ける美麗なものだった。



「ミカサ、ちょっといいかな。聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「あの……人を押し倒すときってどうしたらいいの? 私、対人格闘の成績が悪くて」
「それなら押し倒すに限定しなくてもいいはず」
「そうだけど……」



 口ごもってなんと誤魔化そうか考えながらも、まっすぐ見つめてくる黒くて綺麗な瞳の前では嘘をつけないという気持ちになる。ミカサは、こんな曖昧で肝心なところを隠したままの私に対人格闘を教えようだなんて、絶対に思わないだろう。
 ちらりとまわりを見て、夜の開放感のなかで誰も会話を聞いていないことを確認する。急かすでもなく私の言葉を待っていてくれるミカサに向き合って、からからに乾いた口を開けた。



「……私たち、いつ死ぬかわからないじゃない」
「この世界は、弱肉強食だから」
「だから私たちは巨人に食べられる。その前に……あの、私のことを、意識してほしい人がいるの」



 ミカサの目がすうっと細くなる。遠まわしな表現でもミカサならわかるだろうという私の考えは、間違ってはいなかった。こんな鋭い視線を向けられるのは予想外だったけど。



「ミカサ、エレンじゃないから」
「……そう」



 ミカサの顔がうつむき、いつもの内面を読み取らせない顔に戻る。私の恋の相手がエレンじゃないとわかって、ミカサの関心がぐっと落ちた。その代わりに、私の欲望を叶える技を教えてくれようと赤い唇が開かれる。落ち着く低めの声が口を通り抜ける前に、私の体に衝撃が走った。どうやら後ろから誰かに抱きつかれたらしい。
 慌てて後ろを向くと、そこにはにんまりと笑ったユミルがいた。血の気が引く。



「名前もお年頃だな! 大人しそうな顔して夜這いしようだなんて、案外やるじゃねえか!」
「ユミル!」



 クリスタが慌てて止めようとするが、もう遅い。夜這いという単語と、私に好きな人がいるという情報が、ユミルの口によって部屋中に拡散される。恋の話にすぐ食いつく女子のパワーは凄まじく、あっという間に取り囲まれてしまった。
 ミカサはマフラーに口をうずめ、私の欲している情報を飲み込んでしまっている。この状況では聞き出せそうにないし、その前にこの騒がしさを静めることが第一だ。騒ぐユミルをクリスタとともに押さえて、興味津々で見つめてくる視線にどう言おうかと悩む。



「誰なんだよ、言っちまえよ。誰も名前の恋なんかに興味ねえから」
「じゃあ聞かなくてもいいでしょ」
「からかうのに必要だろ」
「ユミル! どうしてユミルはそんなに無神経なの!」
「名前の夜這いが気にならねえなんて、さすが天使のクリスタ様だな」
「もう、ユミル!」



 怒るクリスタは可愛らしく、ユミルの関心も天使へと向けられる。そのまま私のことを忘れてしまわないかと願ったが、さすがにそんなにうまくはいかなかったらしい。ほどかれた黒髪をなびかせながら、ミーナが詰め寄ってくる。
 そのあと、私の好きな人はモテるし誰かと奪い合うのは嫌だからと言って名前を言うのは避けようとしたが、あっさりと見抜かれてしまった。そのまま流れで、女子の人気はトーマスとベルトルトに集まっていて、隠れた優しさに少なからず好意を持っている人が多いということが判明した。ライナーだってかっこいいのにという反論は、ノロケという形であっさり却下されてしまった。



・・・



 ……それで、どうしてこうなるんだ。
 月と星の明かりしかないような草むらのなか、ライナーと向き合って立っているものの、二人のあいだに言葉はない。あれからどうしてか私の恋は知れ渡り、私の知らないところで誰かがベルトルトに協力するように要請をしたらしく、夜にふたりっきりで会うという状況になってしまっている。こんなところ教官に見つかったら大目玉ではすまないのに、見張っているからというミーナの言葉と体当たりでこの場に引きずり出されてしまった。
 こうなったら腹をくくるしかないと、まわりの気配を探る。みんなは見張りをしてここにはいないはずだし、ミカサに教えてもらった押し倒される技を披露するしかない。



「ライナー、急にこんなところに呼び出してごめん」
「いや、いい。何か悩みがあるのか?」
「ええと……うん」



 悩みには違いない。頭の中でミカサの体の運びと、ユミルの言葉が浮かんでは消える。まずライナーに押し倒され「おいしく食べて」か「優しくしてね」と言えという言葉は、もはや命令に近かった気がする。その後のライナーの反応によって私の恋は決まるわけだが、そもそも第一ステップの押し倒されるということからして難関だ。

 ごくりと喉を鳴らしてライナーに近寄って、足払いをかけようとつま先伸ばす。だが目的を達成する前に、緊張からか足がもつれた。思いっきり後ろに倒れ込もうとした体が、がくんと止まる。



「大丈夫か?」
「……ライナー」



 不安定な体勢なまま私を支えているのは、さすがライナーというところだろうか。だけど作戦的には、支えきれずに倒れてほしかった……とは、口が裂けても言えないけど。
 目の前のシャツの首元を掴み、体重を後ろにかけて倒れこむ。ライナーを巻き込んで倒れたのに、文句も言わずに第一に私の心配をしてくれるライナーに、きゅうんと心臓が縮まった。いつもより近くにある顔を見つめて、ミーナがくれた花が髪から落ちるのを気にする余裕もなく口を開く。ハンナがつけてくれた口紅が、唇を綺麗なピンク色に染めてくれていた。



「ライナー、あの……優しく、食べてね」



 ライナーの目が見開かれる。二つのセリフが混じったことを悔やみながらも、意味は伝わったことに安堵する。どう答えたらいいかわからずに状況を飲み込むことで精一杯なライナーの気持ちはわからないけど、彼の手は雄弁に語る。頬をなでてくれる手はきっと彼の答えだろうと、満ち足りた気持ちで目を閉じた。
 顔が近付いてくる気配を察知して、掠れた声で愛を囁かれて、唇は寸前のところでお預けをくらう。草むらの影から覗き込んでくる視線に、二人で目を見合わせて残念そうな顔をして、それから笑った。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -