食事は訓練生のわずかな休息のひと時だ。教官もおらず、友達と談笑しながら育ち盛りの体に栄養を与える。酷使した体や知識を詰め込んだ頭は痛むかもしれないが、分かち合う人がいるだけで苦痛は半減されるものだ。
最初の頃よりだいぶ人数の減った訓練生だが、それなりに数はいる。そのなかで名前とライナーとベルトルトは、三人で固まって夕食をとっていた。アニが遠くにいるのが名前にとっては不服だったが、これは万が一のときのための保険だ。アニと話せないのはつらいが、ライナーと離れることのほうが考えられない。
名前はこっそりとアニの様子を窺いながら、熱さを確かめもせずスープを口に入れた。その途端、口内を耐えきれない熱さが襲う。口を押さえて慌てて水を飲み込む名前を見て、ライナーがとんとんと撫でるように背中を叩いた。
「名前、またか」
「……またじゃない」
「前回は一週間前だろう」
「だって、スープがこんなに熱いなんて思わないじゃない」
「名前の口が弱いだけだ」
「どうやって口の中を鍛えたらいいのよ」
ひりひりとする舌を出しながら、名前は不機嫌そうにライナーを睨んだ。二人にとってはよくある会話なのに、落ち着きがなくそわそわと成り行きを見ていたベルトルトは、何か言おうかと考えて結局は黙ってスープを飲んだ。二人のあいだに自分が入っていっても、面倒なことに巻き込まれるだけだと経験上知っている。それにライナーだったら、名前の機嫌を簡単になおしてしまうだろう。
「ライナー、これ」
名前は火傷した舌を空気で冷やしながら、前に座るライナーにそれを見せつけた。それだけで何を要求されているか察したライナーは、部屋の様子を探る。もう打ち解けた訓練生たちの空気は賑やかだが、さすがにここですると目立つ。部屋を出ようと言い出すライナーの考えがわかったのか、名前は早口でそれを却下した。
「ここでいいじゃない」
「だが、」
「舌を冷やすだけでしょ?」
こうなった名前は頑固で、へそを曲げたら一週間は口をきかなくなることをライナーは知っている。結局はライナーも名前には弱いのだ。
ベルトルト、と親友の名前を口に出すと、話をふられると思っていなかったベルトルトが驚いて二人を見る。
「え……僕?」
「すまないが壁になってくれないか」
「……本当にここでするの?」
「するの。だってライナーってば可愛い女の子に言い寄られてるのを嬉しがってるし」
長い間ためこんできた嫉妬を垣間見せて、名前は頬をふくまらせた。まさか名前が嫉妬すると思っていなかったライナーは驚き、それから名前だけだと告げる。甘ったるい空気を横で強制的に吸い込ませられながら、ベルトルトはくらくらする頭で立ち上がった。つまりはベルトルトも二人のことが大事なのだ。
せめて二人を隠せる部屋の隅に行こうというベルトルトの提案をあっさり受け入れ、名前は部屋の隅に立つ。三人が無言で壁のすみに集まったのを気にしている者が多いが、気付いているのはベルトルトのみ。名前とライナーは早くも二人の世界に入り込んでいて、親友の影に隠れて向き合った。ベルトルトが二人に背を向けて出来るだけ壁の役割を果たそうとしている後ろで、ライナーと名前の唇が重なる。
もうじんわりと痛むだけの舌をライナーが探り、熱を共有しようと動き回った。隠しきれずにかすかに響く水音を、ベルトルトは座学の復習をすることで頭から締め出す。
「ライナー……そこ、痛いよ」
「火傷を冷やしてるんだ、我慢しろ」
「ライナーのほうが熱いのに」
「それでもまだ冷やすか?」
「うん」
部屋にいる者も薄々ライナーと名前が何をしているかわかって、生々しい音に赤面していく。ベルトルトは頭のなかで教官を思い浮かべた。明日は崖登りの訓練があるから、柔軟をしっかりしておかないといけない。
「ライナーって意地悪ね」
「もう熱くない火傷をここで冷やせと言ってくる名前よりはマシだと思うぞ」
名前の甘い声がわずかに漏れる。ベルトルトは部屋中の注目を受け止めながら、半目で天井を見上げた。これが終わったらライナーに肉を買ってもらおう。それくらいは許されるはずだ。
精神を鍛えているベルトルトの後ろで、二人はようやく離れる。壁になってくれていたベルトルトにお礼を言ったところで、名前に夢中だったライナーはようやく見られていることに気付き、頬を染めて目を逸らした。名前だけは気にせず、さっさと席へ戻って冷めたスープを飲み始める。それから滅多に見せない満面の笑みで牽制した。
「ライナーって右の脇腹にほくろがあるの。可愛いでしょう?」
自分だけが知っている情報を見せびらかすように言う名前に、ライナーが慌てて黙るように言う。それを素直に聞き、名前は自分のパンをベルトルトの皿に乗せた。ささやかなお詫びに、ベルトルトが苦笑する。これを受け取らないと、名前はまた怒るのだ。
黙ってパンを食べるベルトルトの横で、ライナーが名前にあまり変なことは言わないようにと誓わせる。そんなことをしてももう遅いんじゃないかというベルトルトの気持ちは、部屋にいる誰もとシンクロしていた。