「アニって、優しいんだねえ」



 訓練兵とは思えないほどのほほんとした空気を醸し出しながら言った名前に、呆れを通り越して放心する。どうも今期の訓練兵は抜けた奴が多いらしい。アルミンといいエレンといいクリスタといい、何故私に構う。
 名前が見当違いな言葉をはきながら、見るに耐えない顔で話しかけてくるのに顔をしかめた。睨みつける私を気にせず、名前はにこにこと笑いながら言葉を吐き出す。



「今朝も、私が寝坊しかけたところを起こしてくれたし」
「起こしてない。あんたが勝手に起きただけ」
「いつも静かに起きるのに、今日に限って?」



 くすくすと笑いながら、パンをわけてくるのを押し返す。これを受け取っては、名前を起こしたと勘違いされてしまう。こんな奴に勘違いされたら、優しいとかいう勘違いな烙印を押されて三年を過ごすことになる。
 名前が隣に座ったのも無視して、黙って昼食を食べる。パンをちぎって口に押し込む行為を続けていると、名前は不思議そうに首をかしげた。



「アニって、何で自分を隠そうとするの?」



 体が止まったのを隠そうと、パンを置いて水を飲む。これ以上関わるなと思いきり睨みつけるが、名前は気にしていないようににこにこと笑うだけ。アニはすごく優しいのにと、なおも続ける口を削いでやりたい衝動にかられる。



「……そういうアンタこそ、何で自分を隠そうとするの。私を優しいだなんて嘘までついて、そこまで自分を騙したいの?」



 名前はきょとんとした顔をして、また笑った。訓練中でも笑っていることがあるこいつは、正直に言うと頭の大事な部分がないんじゃないかと思うことがある。コニー的な意味で。
 名前はわざとらしく考える素振りを見せながら、野菜の切れ端が浮いている薄いスープを飲んだ。パンをちぎって口に放り込み、咀嚼して水を飲む。



「私も前は、人間が優しいだなんて思ってなかったよ」
「へえ、その頃はまだまともな頭を持ってたんだね」
「うん。なんかね、巨人を見たら、みんな優しく見えちゃって」



 だって人間は人間を食べないでしょうと、名前は笑えない話をしながら笑った。目の前で親が食われたときのことを話しながらパンを食べる口元は、相変わらずつり上がっている。骨の色だとか、血は赤いというより黒かったとか、悲鳴が消えていく過程だとか。鮮明に語られるそれは、耐性がない奴なら吐きそうなほど生々しかった。



「だからね、アニは優しいんだよ。私を起こしてくれるし、横に座ることを許してくれるし、気にかけてくれるし」



 やはり名前の頭の大事な部分は、巨人に食われてなくなってしまったらしい。こんなこと話したのはアニが初めてだと笑う姿は、吹っ切れたから話したとは到底思えなかった。
 もう食事は終えたのに、気まぐれを起こしてそのまま居座る。我ながらどうかしていると思いながら、してはいけない質問を投げかけた。



「──もし、私が巨人になったらどうする?」
「アニが巨人に? そうだなあ」



 笑顔が消え、ほんの数秒だけ真面目になった顔を観察する。そういえば、名前はほかの女ほど髪や顔に気を使わない。女を捨てる以前に人間であることを捨てているとも思える行動は、気付けばいくらでも思い当たることが出てきた。調査兵団に入るんだと言ったときの顔は、やはり笑っていたような気がする。



「アニになら、食べられてもいいや」
「……そう」
「おいしく食べてね」
「嫌だよ。まずいに決まってる」
「そうかなあ……あ、でもアニだけじゃなくて、みんなになら食べられてもいいや。巨人になっても、人間のままでも」



 鍛えても女らしさを残している体は、いくら太陽の下で活動しても白いままで柔らかそうだ。それでもまずいに決まっていると決めつけて、席を立つ。追いかけてくる様子のない名前は、お腹がすいたら言ってねと、間抜けな言葉で送り出してきた。

 ──そういえば、ライナーが間抜けにも名前のことを気にかけていた。名前も同様に、ライナーのことを目で追っている。馬鹿だと忠告したときに、ライナーが自分を嘲笑しながらも何も答えなかったことを思い出す。情なんて何にもならないのに、本当に馬鹿だ。



・・・



 ──どうして今、そんなことを思い出すんだろう。最後に頭をめまぐるしく駆け巡るのは、何気ない日常と、帰ると約束した父の言葉。頭のなかでエレンが投げ飛ばされて、アルミンが慌てて、マルコが優等生らしく私を気にかける。日の光のしたで、名前がきらめく髪をなびかせて振り向いた。



「でも、もし欲を言っていいなら──食べられるのは、ライナーがいいな」



 名前は本当に馬鹿だ。誰かと同じで、本当に愚かだ。ライナーが、名前を食べるわけがないのに。
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