「起きろ、風邪をひくぞ」
「んー……」
「髪を乾かさずに寝ると、寝癖がひどくなるんだろう」
「……んー」
寝ぼけ眼で返事になっていない声をあげると、ライナーは自分の髪を荒っぽく拭きながら私の後ろに座った。ドライヤーを用意する音が聞こえて、温風が髪をさらっていく。ろくに梳いてもいない髪に優しくブラシが通り、からまった箇所をほどきながら風が通り抜けた。
大きな手がいたわるように髪をなでるのが気持ちよくて、うとうとと目を閉じる。ライナーはそんな私を見ても何も言わず、自分のことを後回しにしてドライヤーを操っていた。ほぼ毎日される行為なのに、どうしてか毎回新鮮な気持ちになる。ライナーの愛にふれている気持ちになるからかもしれない。
「名前、もう少しで終わるから寝るなよ」
「んー」
寝かけた頭にライナーの声が入ってきて、なんとか首を起こした。乾かしている最中に何度もブラシが通って、そのたびに魔法のように髪が綺麗になっていくのを実感する。自分でしたら酷いことになるのに、ライナーはすごい。
そして、ライナーがすごいのはそれだけじゃない。怠惰で怠け者な私と違って、頭もいいし運動も出来る。毎日ごはんを作って、勉強をして、掃除や洗濯もきちっとやり遂げる。私は……洗濯物をたたむ係だ。しかもライナーがやり直しているのをたまに見かける程度の。
「ライナーは、寝ないの……?」
「出来れば今日中に仕上げたいレポートがある。先に寝てていいぞ」
「ん」
ライナーは立派だ。寄生虫のような私の世話をやき、面倒を見る。寄生虫を世話する理由として「彼女」という役割を与え、それを甘受している私を責めもしない。
ライナーなら恋人だって選べる立場にあるはずだ。面倒見がよくて、10年後に会社の社長になったって言われても納得するような人物が、なぜ私のような寄生虫に構うのだろう。
「ねえ、ライナー」
「どうした?」
ライナーはくだらない私の話も真剣に聞いて、いちいち相槌をうってくれる。今だって、乾かした髪を綺麗に仕上げしてくれている最中なのに、座っているだけの私に何も言わずに優しい声で包んでくれた。
そんなライナーに、さすがにこれを言えば呆れられるだろうという言葉を突きつける。ライナーは現実的だ。学生生活のさなかなら見逃せる私の愚行も、数年後には耐え切れなくなっているだろう。
「ライナー、結婚しよ」
ライナーの動きが止まる。一秒のち、何も言わずにドライヤーの電源が切られた。途端に静かになる部屋に、ドライヤーを綺麗にまとめる音だけが響く。いつもなら指定の置き場所に戻されるそれを床の上に転がしたまま、ライナーが後ろから抱きしめてきた。私らしくもなく、心臓がどくりと跳ね上がる。
「──当たり前だ。名前の面倒を見られるのは、俺しかいないだろう」
ライナーの名前を呼ぼうとした口がふさがれて、どうしようもなくロマンティックな空気に酔う。ライナーのたくましい腕に抱かれて、全身で愛を感じて、子供じみたプロポーズに満ち足りた気持ちになるのは、私たちがまだ子供だからだろう。
そのまま二人で狭いシングルベッドに潜り込んで、隙間を埋めるように抱き合った。レポートはいいのかと思ったけど、さすがにここで言うのは野暮というものだ。ライナーの腕を枕に、二人でおでこをくっつけて目を閉じる。どちらからともなくもう一度したキスは、まるで誰も見守る人のいない誓いのキスのようだった。