結局アラキタくんについてきてもらって、自販機でベプシを買った。5本買ったところで買いすぎだと怒られたので、しぶしぶ6本だけ買うことで妥協した。アラキタくんは多いと文句を言っていたけど、6本全部持って私に持たせないようにしていたので、やっぱりとても優しい子なんだと思う。
「っつーか、自転車買ったって言ってたよな?」
「うん、アラキタくんみたいにかっこいいのじゃなくてママチャリだけど。週に一度はゼミで遅くなるから、そのときに乗ろうと思って」
「バスがあんだろ」
「節約!」
「それでひったくられてたら意味ねェだろバァカ!」
「防犯ブザーも買ったんだよー」
「意味ねェよ!」
ふたりで話しながら部室まで戻ると、興味津々という目を向けられてすこし怯んだ。アラキタくんは威嚇するようにそのなかを歩き、適当な場所にペットボトルを置いて振り返る。
「はやく来いよ」
「あっうん、アラキタくん足速いねえ」
「ハッ、ノロマとは違うんだよ」
「自転車も速かったもの、ばびゅんって一瞬で見えなくなって」
会話の最中に、アラキタくんがベプシを開けて飲むのをにこにこと眺める。すこしだけどこうやってお礼が出来て、本当に嬉しい。
アラキタくんを見ていると、後ろからツンツンとつつかれた。何事かと振り向くと、そこには茶色い髪のたれ目の子が思ったより近い場所にいた。思わず後ずさる。
「靖友……荒北となにがあったんですか? 聞いても全然教えてくれなくて」
たれ目くんのうしろには、楽しそうに笑う立川さん。助けてもらった子はひったくりのことを言いふらすのは好きじゃなさそうだと言ったのを、覚えてくれていたらしい。
どうでもいいだろと言うアラキタくんを見て、どう言おうか考える。肝心なところを伝えずに納得してもらうには……。
「詳しいことは言えないけど、困りきって一人ではどうしようもないときに、アラキタくんに助けてもらったんだ。言うなればヒーローみたいな……救世主とか恩人とか」
「余計なこと言うな!」
「そんな感じなのです」
「なるほど。靖友は優しいからな」
「んなわけねェだろ!」
「うん、本当に優しいよねえ」
「違うっつってんダロ!」
アラキタくんが吠えるけど、怯えているのは一年生と思わしき子くらいだ。そのほかはアラキタくんのことをわかっているのか、微笑ましく見ている。
アラキタくんもその視線に気づいたのか、居心地が悪そうにベプシを飲み干す。そして、キャプテンだというフクトミくんに声をかけて、どこかに行ってしまった。すぐ帰ってくるそうなので、立川さんと話しながらのんびりと待つことにした。
「そういえば立川さんって、いま三年生ですよね? フクトミくんが入学してきたときには卒業してたと思うんですけど」
「福富は家族でロードをしているらしくてな。入学前によく来ていて、すこし話をしたことがあるんだ」
「そうなんですか。速いんでしょうねえ」
「すごく速かったぞ。敵わないって思っちゃってなあ」
5分ほどたって、フクトミくんとアラキタくんが戻ってきた。アラキタくんが何かの紙をぶっきらぼうに差し出してきて、とりあえず受け取る。広げて見てみると、地図のようだった。
「このルートで帰れ。チャリ買うんじゃねェよバカ」
「この赤い線のとこ? 写メ撮ってもいい?」
「好きにしろ」
赤い線は、私の通う大学から自宅付近まで伸びていた。フクトミくんを連れて行ったのは、立川さんがどこの大学か確かめるためだったみたいだ。
複雑な地図を携帯に残し、フクトミくんにもお礼を言う。表情を変えずに大したことはないですと言いきるフクトミくんも、とても優しい。
「アラキタくん、ありがとう。お礼、ベプシ6本じゃ全然足りなかったね」
「オレはなにもしてねェよ」
「アラキタくんが何もしてないなら、私は息すらしてないよ!」
「意味わかんねェ」
面倒くさそうにしながらも相槌をうってくれるアラキタくんは、やっぱりとってもいい人だ。
そのあとすぐに休憩は終わってしまって、部員全員からもう一度お礼を言われた。毎年かなりの差し入れがくるらしいけど、時期が早かったために私たちが今年度初の差し入れをしたらしい。初の差し入れなのに少し貧相だったかもしれないと、なんだか申し訳ないような気持ちになった。
最後にアラキタくんにもう一度お礼を言って応援していることを伝えて、立川さんの車に乗り込んだ。アラキタくんが、あっというまに遠くなってしまう。
「まさか、名字の恩人が荒北だったとはなあ」
「立川さん、アラキタくんのこと知ってたんですか?」
「卒業したあと、ヤンキーが入ってきたってけっこう騒がれてな。反対した奴もいたらしい。だけど今じゃヤンキーじゃないし、レギュラーだし、きっとロードが好きでたくさん練習したんだろ」
アラキタくんは元ヤンキーだから、口が悪かったのかもしれない。でも優しかったしスポーツマンだし、なんだか漫画の主人公みたいだ。
アラキタくんがひとりで練習していたのを思い出して、立川さんの言葉に頷く。またどこかで、アラキタくんに会えたらいいな。
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