見慣れない景色を、見慣れた名前サンが慣れたように歩いていく。オレはその横を歩いて、道がわかれるたびに、すこしだけ速度をおとしてどっちに行くのか名前サンの動きを見る。
 さすがに自分が通う大学では迷子にならないのか、名前サンの足取りは迷いがない。たまに名前サンの手が当たるこの距離はデートのときと同じで、口がゆるむのをこらえた。

 オレと名前サンは付き合ってっけど、オレが年下な事実は一生変わらない。オレがどんなに一生懸命になったって、オレがいま大学でしてることは名前サンにとっては二年も前の出来事だ。それがたまに、どうしようもなく苛立つ。名前サンはオレの知らない世界に、二年もはやく飛び込んでいく。



「靖友くん、あの建物に私のいるゼミ室があるの。こっそり行ってみようか?」
「部外者が行っていいのかよ」
「見つかったら後輩って言えばいいよ。間違ってないし」



 そう、間違ってない。せっかくのデートなのに、こんな気持ちになるなんてどうかしてる。
 嫌な感情を頭から追い出して名前サンを見る。名前サンは抜けてるところがあるけど、バカじゃない。



「なあ名前サン、オレが5つくらい年上だったらどうしてた?」
「いきなりどうしたの?」
「ンー、なんとなく」
「靖友くんは靖友くんだから、きっと私のすることは変わってないだろうなぁ。知らないうちに助けてもらって、レースを見に行って……でも、靖友くんが年下でよかったと思ってるんだよ。インターハイ、見れたから」



 笑う名前サンとの距離を、数センチ縮める。
 オレが名前サンの好きなとこを挙げられないのは、こういうとこが好きだからだ。言葉じゃうまく伝えられない、感覚でしかわからない、名前サン独特の空気。



「オレも名前サンが年上でよかったわ。オレより経験豊富だしィ?」
「靖友くんがはじめてだもん……」



 そういう意味じゃない。
 だけど頬を染める名前サンにムラっときちまって、訂正する言葉を情欲とともに飲み込んだ。



「……なァ。いますぐ帰ってベッドいく?」
「行かない」



 名前サンはスパッと切り捨てたあと、ふっと何かに気付いたように横を向いた。
 そこには女がひとりいて、驚いて名前サンを見ていた。どうやら友達らしく、女は名前サンに話しかけながらもオレを見るのをやめはしない。



「名前が男とふたりきりで歩いてるのなんてはじめて見たわ……あなた、言っとくけど名前には恋人がいるんだからね!」



 名前サンの性格上、女友達としかつるまねえとは思ってたけど、男とふたりきりで歩いたことねェのか。



「この子、さらっとノロケるのよ。それにお嬢様でもないし、そこんとこ誤解しないでよね」
「や、やめてよー! いきなりどうしちゃったの?」
「だって名前とこの人の距離、近すぎるじゃない」
「フーン……名前サンが恋人のことなんて言ってるか、教えてほしいなァ」
「いいわよ。頼りになるヒーローみたいな性格で、すこし口は悪いけど優しくて動物好きで、雨の日捨てられた子猫を拾いそうだって。名前はその人のこと大好きなの。名前が男に懐くだけでも珍しいのに、恋人にまでなった男なのよ。きっといい人なんでしょうね」



 いい人だなんてのは否定したくなるが、名前サンの友達に言われると悪い気はしねェ。名前サンが友達にオレのことをどう言ってるか垣間見えるからだ。
 名前サンに一歩近付いて顔を覗き込む。



「へぇ、名前サン、恋人のこと大好きなんだネ」
「……靖友くん」
「隠さないでいいんだけどォ?」
「靖友くんのいじわる」



 赤くなってにらんでくる名前サンが可愛くて、食っちまいたくなる。恥ずかしさからかわずかに目がうるんでるように見えて、いますぐその味を確かめたくなった。
 名前サンの友達はオレと名前サンを交互に見ていたが、やがてオレを凝視して指をさした。



「アラキタヤストモ!」
「どーも。いつも名前サンが世話になってます」
「しかも旦那っぽいこと言ってる!」



 興奮したようにオレを見ていた名前サンの友達が、なにかを思いついたように両手を握りしめた。



「友達呼んでくる! 名前の彼氏見たいって言ってたし、私も聞きたいことあるし! おいしいごはん奢ったげるから、そこで待っててね!」



 止める間もなく走っていった友達を見て、名前サンがぽかんと口を開ける。申し訳なさそうに向けられた視線に首を振って名前サンは何も悪くないことを伝えて、どうしようかと頭の後ろで手を組む。
 名前サンはすこし考え込んだあと、オレの腕をとった。



「今のうちに違うところに行こ? メールで謝っとくから」
「名前サンにしては珍しいじゃん。友達放っておいていいわけ?」
「……だって、あの子と靖友くん、きっと気が合うから。靖友くんは、私の靖友くんなの」



 まさかの嫉妬と、それを隠さない名前サンにすこし口があく。いつもの名前サンらしくないことの連続で頭の回転が鈍くなって、手を引かれるまま歩き出した。
 急げとばかりに腕を引っ張る名前サンと、のろのろ歩くオレ。わずかな距離を歩いただけなのに後ろから声をかけられて、名前サンがびくりとして振り返った。そこにはさっきの友達と数人の女とふたりの男がいて、もう来たのかと思ったが、なんだか様子がおかしい。
 さっきの名前サンの友達がどこか必死な顔をして、こっそりと、でも激しくはやくどこかに行けと手を振っている。さっきと言うことが違いすぎねぇ?



「靖友くん、行こう!」



 さっきまでと違い、無理にでも引きずるというように名前サンが走り出した。それにつられて走り出すと、うしろで名前サンを呼び止める声が聞こえる。



「あれ、いいのォ?」
「いいの! はやく行けって、さっき会った子も言ってたでしょ?」
「さっきまで話聞きたいとか言ってただろ」
「……さっき来た子のなかに、靖友くんに会わせたくない子がいるの。人の彼氏ばっかり奪うって有名で」
「右の後ろにいた、黒髪ロング?」
「よくわかったね」
「腐ったニオイがした。あんなのとしゃべるだけでもキツイのに、名前サン心配しすぎだって」



 だいぶ走ったからか、名前サンがとまる。こっちは息も乱してねェのに、名前サンはキツイとばかりに深呼吸をした。
 振り返った名前サンはむうっとふくれていて、めったに見せない顔を見てすこし驚く。



「言ったでしょ。靖友くんは、私のなの」
「……名前サン、今日はやけに積極的じゃねェの」
「隠さないでいいって言ったの、靖友くんだもの。いつも練習で会えないぶん、今日は夕方まで付き合ってもらうんだから」



 笑う名前サンに手を引っ張られて、二歩三歩すすむ。これが、名前サンの好きなとこのひとつなんだろうなァ。



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