「ゲッ」
思わず声がでたのも仕方ない。まさかこの広い大学で、いつも通らない道を歩いているときに金城と会うだなんて思ってなかったからだ。
横にいる名前サンはきょとんとしていて、できるならこのままUターンしたい。だけど金城がオレを見て驚いた顔をしちまったもんだから、知り合いだっつーことは名前サンにバレちまってる。このまま何事もなかったらいいが、名前サンの性格上ぜってー気にするだろうし……あークソめんどくせぇ。
金城がどうするべきか悩んでるような顔をしているなか、名前サンが服を引っ張ってくる。つんつん、と控えめなそれに、さっきまで苛立ってた気分がやわらいだ。
「知り合い? 私、いないほうがいい?」
「んなことねェよ」
名前サンがオレの大学を見てみたいって言ってたのが、ようやく実現したんだ。オレの彼女だっつーことが大学のやつらにわかるけどいいのかって聞いたら、不思議そうな顔して「なにかダメなの?」と聞いてきた名前サンが、となりを歩いてんだ。ここで金城を紹介しなかったら、名前サンが傷つく。
「金城、名前サン」
「はじめまして、名字名前です。靖友くんが言ってた金城くんって、あなたのことだったんだね」
「はじめまして、金城真護です。こちらこそ荒北からよく話を聞いていますよ」
金城にだけは会わせたくなかったのに、そういうときに限って会っちまう。
ふたりは笑顔で会話していて、名前サンの笑顔が金城に向けられていることになんとなくイラッとする。大学に入って滅多にできないデートの真っ最中だっつーのに、名前サンはそれでいいのかよ。
振り返った名前サンは、笑顔で言う。
「金城くんってとってもかっこいいね」
「オレよりィ?」
思わず聞いてしまったあとでハッとしたが、もう遅い。
金城のほうがイケメンなのは自分でもわかってる。嫉妬と苛立ちが混ざった声を名前サンは受け止め、当たり前のように言った。
「靖友くんは世界で一番かっこいいよ。私のヒーローだもん」
「んなっ……うっせ! なに言ってんだ!」
「今日だって迷ってるところで助けてもらったし」
「名前サンは迷いすぎなんだよ!」
「昨日も電話で起こしてくれたし」
「頼まれたし朝練あっから、ついでだ」
「うん、ありがとう」
にこにこと笑う名前サンを目に焼き付けていると、横から視線を感じた。金城だ。
一部始終を見られていたことを思い出して、拳を握りしめる。金城の頭を殴ったらいまの記憶が飛ぶかもしんねェ。試す価値はある。
「金城くん、靖友くんってすごく優しいよね。今日もね、大学に行きたいってわがままをきいてくれたんだ」
「荒北も名字さんを好きなのが、一緒にいるとよくわかりますよ」
「そうなんだ」
名前サンはさっきまでの嬉しそうな顔をひっこめて、ほんのすこしさみしそうな顔をした。隠し事とか悲しいとかそんなもんがニオイに混じって、くんくんと鼻を動かす。
名前サンはすぐにいつもの笑顔に戻って金城と話しはじめたが、オレの鼻をごまかせるわけもねェ。険しい顔をしているオレを見て、金城は名前サンとオレに挨拶をしてさわやかに去っていった。たぶんあとになってもあいつは無理やり聞いてはこなくて、そういうとこが金城だと思う。
ふたりきりになって、まわりに誰もいないのを確認してから名前サンと向き合う。名前サンはさっきのことがバレてると知ったからか、そわそわしながら何とかごまかそうと考えてる顔をしている。
「オレをごまかせねぇの、名前サンならもう知ってるよなァ?」
「うっ……」
「なにを考えてっか知らねえけど、杞憂なんじゃねえの?」
「でも……靖友くん、私に好きって言ったの、一回だけだし」
「は?」
思いがけない言葉にとまる。好きって言ったのは一回?
「靖友くんのことを疑ってるわけじゃないよ? 私のこと大切にしてくれてるのわかってるし、不満もないけど……たまにさみしいかな、って……」
名前サンがそろっとオレの顔をのぞきこんでくる。怒ってないか確認するときの、名前サンのくせだ。
付き合ってもう長いのに、そういえば名前サンに好きだっつったのは告白したときだけだ。照れくさいっつーのもあるし、言わなくても伝わってんじゃねえかって思ってるのもある。名前サンはそれをずっと気にしてたっていうのか。
オレと会うときの名前サンは、さみしさなんて感じさせなかった。そりゃそうだ、さみしいときオレはそばにいなかったんだから。
どうしようもなく抱きしめたくなって、大学内だからなんとか踏みとどまる。
「……今度、オレん家行くか」
「今日行かないの?」
「アパートじゃなくて、オレの実家」
「え?」
「妹たちが名前サン見せろってうるせえの。母親も会いたがってるし」
「で、でも……」
「アキちゃんにも会わせてぇし。嫌ならいいけどォ」
「嫌じゃないよ! 嫌じゃない、けど……うぬぼれちゃうよ……」
きゅっとくちびるを噛みしめた名前サンは、オレの服のすそを掴んでいる。遠くに人はいるけどまわりには誰もいないことを確認して、名前サンを引き寄せた。
「うぬぼれろよ」
「……うん」
「不安なときはすぐに電話しなヨ。どうしてもさみしいときは会いに行ってやるよォ、チャリとばして」
「遠いよ」
「ハッ、練習にゃちょうどいい」
オレの胸に頭をうずめる名前サンがどんな顔をしているかなんとなくわかって、それが嬉しくなって髪をなでた。名前サンが考えてることがわかるようになるなんて、どれだけ一緒にいたんだろう。
名前サンが想像通りの顔をしているか確かめるためにも、そろそろむりやり上を向かせるか。そうしないと名前サンは、ひとりで赤い目をこするだろうから。
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