「いってらっしゃい。今日は暑いから、熱中症とかに気をつけてね」
「おー。いってきます」
アパートのドアをぱたんと閉めて、ニヤける口元を手で隠す。セミの鳴く声がうるさいしアスファルトは熱いしで嫌になってくるが、名前サンが家にいるだけで機嫌がよくなってしまう。我ながら単純だとは思うが、大学に入ってからはじめての一人暮らし、はじめての夏休みにはじめて出来た彼女が家に泊まりにくるんだから、すこしくらい浮かれてもいいだろう。
名前サンは夏休みや冬休みに短期のバイトをしているらしく、今回は夏休みに入ってすぐうちに来た。まとまった休みが今しかなかったらしい。今年はお中元スタッフや清掃のバイトをすると言っていた名前サンは、疲れた様子も見せず明るかった。なんだかんだいって名前サンは、レポートやらサークルやらバイトやらで、忙しい大学生活を送っている。
ロードに乗って、蒸し暑い空気のなか大学に向かう。帰ったら名前サンが飯を作って待ってるかと思うと、帰るのが楽しみに思えた。そのまえに吐くような練習が待ってるわけだけどな。
・・・
汗だくで疲れきって、金城からの誘いも断ってアパートへ戻る。名前サンが暇なんじゃないかと心配していたけど、家中を掃除するんだとはりきっていた。たしかにすごく綺麗なわけじゃねーからありがたいけど。
ドアを開けるのも億劫になりながら部屋に入ると、イイニオイがした。腹が鳴る。
「靖友くん、おかえりなさい。お疲れ様」
「……おー」
しつこいくらいクーラーをつけておけと言ったせいか部屋は涼しくぴかぴかで、夕飯のニオイがする。エプロンをつけた名前サンがやってきて不思議そうに顔を覗き込んでくるのを見て、ようやく靴を脱いだ。
「ただいま」
「そんなに疲れたの? 大丈夫?」
「別に。ちゃんとクーラーつけてたんだな」
「だって、靖友くんがつけとけってうるさいから」
「そうしなきゃ、名前サン一人の時はつけねーだろ」
こんな熱いなか掃除をしたり飯を作ったりしてるのにクーラーをつけないなんて、どこまで遠慮するつもりだか。適当に服を洗濯カゴに入れながら歩いて、差し出されたお茶を一気飲みする。
「さきにお風呂入る?」
「そうするわ。名前サンは入った?」
「まだだよ」
「一緒に入るゥ?」
「はっ入らないよ!」
真っ赤になって風呂場にオレを押し込んだ名前サンは、恥ずかしさをごまかすためか、ぷりぷりしながら机を拭きはじめた。
裸なんて何度も見たし、一緒に風呂に入る以上のこともしたし、明るいとこで見せてくれてもいいのに。そう思ったけど名前サンを怒らせると本気で今晩オアズケになるので、大人しく風呂場に引っ込むことにした。
風呂を上がって髪を乾かして、ふたりで夕飯を食べる。名前サンは料理の練習をしたと言っていたから、オレに出すために何度も同じものを作って味見したんだろう。不安と期待が折り重なった視線を感じながら、肉を咀嚼して飲み込む。
「うまい」
「ほんと? 無理して食べなくてもいいからね?」
「うまいっつってンだろ。名前サンも食わねーと全部食っちまうぞ」
ごそっと肉を取ると、名前サンは安心したように食べ始めた。本当にうまいんだから、そんなに不安になることもねェのに。マズくてもまあ……根性で食うけど。名前サンはそれをわかってるから、毎回こんなに不安な顔をしているのかもしれない。
「ご飯食べたら、私もお風呂入るね。明日も早いんだし、ゆっくり寝ないと」
「そんなに急いで寝ることもねェけど」
「そうかなあ……あっそういえば、今日はどんな練習したの?」
名前サンとたわいないことを話しながら飯を食べ終え、洗い物を終えた名前サンが風呂場へ消える。シャワーの音が聞こえてきて、何もすることがなくてテレビをつけたけど見たいもんが何もなかった。風呂場をすこしくらい覗いても……いや我慢だ。
無心になるべく見飽きたツール・ド・フランスのDVDをセットして見ていると、名前サンが風呂からあがる音がした。体をふいて、髪を乾かして、こっちに来る……と思いきや。
「きゃっ!」
女らしい悲鳴が聞こえて、慌てて風呂場へと駆けつける。そこにはシャワーで濡れた服をしぼっている名前サンがいた。これは……エロいな。
「最後にお風呂場を流そうと思ったらかかっちゃって……」
「着替えあんの?」
「持ってくるの忘れて、パジャマの替えがないの……朝に洗濯したらいけると思ったんだけど」
「着替え持ってくるわ」
「ありがとう」
名前サンがうっかりするのは今更だから驚きはしねえけど、悲鳴は心臓に悪い。
長めのTシャツを名前サンに渡してDVD鑑賞に戻っていると、しばらくしてから名前サンがそろりと顔を覗かせた。顔だけだして恥ずかしそうにしている名前サンは、出てこようとはしない。
「あの、下は……」
「下も濡れたのかよ」
「うん」
「パンツは?」
思わず口から出た疑問に、名前サンは顔を真っ赤にすることで答えを教えてくれた。
っつーことは……っつーことはだぞ、下着なしでオレのTシャツを着ているわけだ。ここまできたらもう、我慢しなくていいよなァ?
「名前サン」
「はっ、はい」
「そっち行くけどいいよな?」
「だっ駄目! せめてジャージとかはいてから、」
「もう待てねェって」
本気で怒ってねェってことは、手ぇ出してもいいってことだ。なんとか隠れようとする名前サンを捕まえて抱きしめてキスをして、さァいただきます。
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