福ちゃんは相変わらずの仏頂面で新開は屋台のモン食べてるし東堂は絶対に冷やかしで来てるし、泉田は……あれだ、新開が誘ったから仕方ねえ。あいつは新開が誘ったら絶対にくる。
 元旦じゃないとはいえ今日は三が日の真っ最中で、神社は人でごったがえしていた。こいつらは合格祈願と言っていたけど、絶対に名前サンを見たいだけだ。間違いない。オレだって巫女のバイトしてる名前サンを見たいがためにここまで来たようなもんだ。

 賽銭を投げて願い事をいって、みんなそわそわと落ち着き無く絵馬やお守りが売ってあるところを見る。そこにはたくさんの巫女さんがいて、お守りを買う列ができていた。
 のほほんとしている名前サンにとっては、客に笑顔を振りまくこともそこまで苦じゃないのかもしれない。ただとてつもなく寒いからと言って、ホッカイロを大量に買っていた。あらゆるところに貼ったり入れたりして、いくらあっても困ることはないらしい。
 友達の頼みで毎年しているらしいこのバイトは実はけっこうきつくて、毎年人手不足なのだと言っていた。名前サンのお人好し。



「列が途切れそうだぞ、靖友。今じゃないか?」
「うっせ! お前らはついてくんな!」



 とはいえ、このチャンスを逃すはずもない。急ぎ足で名前サンのところへ行くと、驚いたあとに嬉しそうに笑いかけられた。巫女服……けっこうくるもんがあるな。



「荒北くん、来てくれたの? そっちは部活の……見たことあるような……えっと、あなたが福ちゃん?」
「福富です。あけましておめでとうございます」
「あ、おめでとうございます」



 こんなときでも真面目な福ちゃんが頭を下げ、名前サンもあわてて頭をさげた。
 簡単にほかの連中を部員だと説明して、合格祈願のお守りをほしいことを伝える。名前サンは自分の財布を取り出してお金を置き、合格祈願のお守りを手にとった。



「全員合格祈願でいいの?」
「泉田……こいつは一個下だから……必勝祈願とか?」
「ハイ、その予定です」
「そっか」



 名前サンは人数分のお守りを手にとって、まずは福ちゃんにお守りを渡した。合格できますように、という言葉は、お守りとともに新開にも届く。東堂、泉田にも丁寧に言葉をかけたあとオレにも渡された。



「お守りは、人からもらったほうがご利益があるんだって。その人のことを思いながら渡すと効果があるって教えてもらったんだ。私じゃあんまり意味ないかもしれないけど」



 巫女服ではにかみながら言う名前サンの威力はやばかった。やばすぎて心配になるくらいだ。
 こんなところでそんな服を着て愛想振りまいてるなんて大丈夫か? 変な奴に惚れられてストーカーされても、名前サンならしばらく気付かなさそうだ。困ったフリして近付けばあっさり……。



「荒北くん、もう帰るの?」
「あ? あ、ああ……まだ決めてねえけど」
「私、あと30分くらいで休憩なんだ。その時にまだいたら、連絡してもいい?」
「おー」
「すみません、お金払います」
「いいって福ちゃんくん。私があげたかったんだから」



 福ちゃんを変な名前で呼んだ名前サンは、次のお客が来て名残惜しそうにそっちの相手をしはじめた。うまい具合に混んでないときに会えたらしい。
 ぞろぞろとその場を離れながら、東堂がもらったお守りをポケットに入れて髪をいじった。



「素晴らしい女性ではないか荒北! 荒北と付き合うなぞどんな女性かと思ったが、思いやりにあふれていて優しい!」
「どういう意味だオラ」
「ボクまでお守りをいただいて……よかったんでしょうか」
「名前サンは言いだしたらきかねえし、いいんじゃねーの。突っ返しても受け取らねえぞ」
「じゃあ、あと30分ぶらぶらするか」
「ハア!? お前らまでいる気かよ!」
「当たり前だろ」



 当然だというように新開が言うのにイラつくが、ひとりで30分待つのも暇なので、仕方なくそのまま歩き出す。屋台のもん食べたりふざけたりしていると30分なんてあっという間で、名前サンが巫女服のまま走ってくるまでが短く感じた。

 できるだけ人の少ないところで、息をはずませた名前サンと会う。買っておいた缶コーヒーを渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。そのときに少しだけふれた指先が冷たくて、思わずびくりとする。寒いとは聞いてたけど、こんなに冷えるもんなのか。



「わ、荒北くんのお友達も待っててくれたんだね。あ、写真?」
「お願いしてもいいのかね!?」
「もちろんだよ!」



 興奮する東堂を押さえつけているあいだに、名前サンがカメラを受け取って構える。おい待てなんで名前サンが撮影するほうに回ってんだよ。



「え? みんなで写真撮りたいんじゃないの?」
「違ェよ!」
「じゃあどんな写真を撮りたいの」



 あわよくば名前サンと一緒に、むしろ名前サン単体も、と思っていたなんて口が裂けても言えない。
 口ごもるオレを新開が押して東堂にむりやり横に並ばされて、福ちゃんがカメラを構える。カメラには、いきなりなのと恥ずかしいので仏頂面のオレと、缶コーヒーを大事に持っている笑顔の名前サンが保存された。ついでに名前サンだけの写真も。
 ついでだからと携帯でも写メを撮ってしばらく話して、これからご飯を食べるという名前サンと別れた。誰もからかってはこないが、ときおりニヤニヤとした視線が向けられるのがウザイ。名前サンの写メを撮っておくべきだと思ったんだから仕方ねえだろ。

 その後写メはSDカードやパソコンに無事にバックアップをとり、しばらくオレの顔をゆるませることになった。



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