あかい指切り >> Input

 あの小っ恥ずかしいお弁当事件から、かなりの時間がたった。裕介と私はそれなりに打ち解け、一日に一度くらいは雑談をするようになった。と思う。授業のことを聞いたりノート貸し借りする程度だけど。
 裕介は頭もいいらしく、細くすこし癖のある字で書いてあるノートに、間違いというものはほぼなかった。そのお礼に、ノートのはしっこに可愛らしい絵を書いて返して、あの常に困ったような顔をしている男をなごませている。



「今日のこれはなんショ。じゃがいも?」
「肉まんくん。敵に抱きついて中身を爆発させる自爆キャラで、肉汁がかかると体が溶けるの。量産されてるから、代わりはいくらでもいる」
「なんでいつもそんなのばっか書いてくるんショ……」
「えっこれでも可愛いキャラ書いてなごませてるつもりだったんだけど」
「なごんでねえっショ! ノート開くたびに気になって仕方ないんだよ!」
「えっ」



 まさかの裕介の発言にかたまる。なごんでなかったなんて……まさか。かなり可愛く書いてあるのに、これのどこがいけないというのか。



「設定」
「一言!」



 ポケモンでも、自爆を覚えることができるのに。どんな可愛いキャラでも自爆できるのに。それでも子供は可愛いだのなんだの言いながら見ているのに、これは可愛くないのか……。



「いやそのー……もう少しな、設定を……肉汁とばして敵をやっつけるでいいだろ。自爆しなくても」
「あっそこ?」
「そこ以外ないショ」



 友達やクラスメイトからは、ずいぶん仲良くなったねと言われる。たしかに、最低限の会話すら拒んでいたころを思い出すと、かなり仲良くなったと思う。
 そして今日の本題……まあ本題があるなんて滅多にないんだけど。昼休みにふたりして中庭のすみっこに座り込んでお弁当を食べながら、裕介が小指を立ててふった。



「なんかこいつ、意思持ってるんじゃねえかって思うことが増えてきたんだけどヨォ」
「それ私も思ってた。隙あらば私の小指をチャーシューにしようとしてくるのが怖い」
「支配されてるっつーかさ。そっちは大丈夫か?」



 裕介の問いに、あいまいに笑う。裕介に迷惑をかけていたり気持ち悪がったりしているのは、私のせいだ。ふつうの赤い糸はこんなことにはならないと思う。
 私にはなんでもしていいから、裕介にはなにもしないようにと、ぎゅっと手に力をこめる。これで話さなくなったら、確実に糸のせいだ。



「変なこと考えてるショ」
「え? べつに何も」
「すぐわかるんだヨ名前は。オレはただ、そっちの小指は大丈夫かと思っただけショ。しょっちゅう痛めつけられてるみたいだからな」



 たぶん驚いた顔をして裕介を見て、あまりにまっすぐ視線が絡み合うものだから、慌てて下を向いた。糸から、裕介が言ったことは本心だっていうことが伝わってきて、なんとなく目が熱くなった。
 私はこんな気持ち悪くて信じられないことを言ってるのに、どうしてそれをあっさりと信じて、心配までしてくれるんだろう。焦ったような裕介の空気が伝わってきて、笑う。



「ありがとう。すごく嬉しい」
「……ショ」
「裕介は優しいね」
「優しくなんかないショ。あとな、オレにも糸見えねえかと思って」



 話をそらすように早口で言われたそれに、まんまと引っかかって裕介を見つめる。裕介に糸は見えないはずなのに、こんなことを言わない性格のはずなのに、今日はどうしたというのだろう。



「オレと名前がつながってるなら、その力が糸を伝染してオレにも見えるようになるかもっショ。糸があまりに引っ張ったりするもんだから、昨日ちょっと考えちまって」
「見えるようになっても、いいことないけど」
「ただ少しだけ、見てる世界を共有するだけだ」



 裕介がそっと左手を差し出してくる。それを震える手でつかんで、握りしめて、小指に力をためるイメージで。そうっと目を開けて顔をあげると、間近に裕介の顔があった。
 笑ったところなんて滅多に見ない、いつも困ったような顔をしている、私服が最先端すぎる男。はじめてまっすぐ目を見つめて、ふわっと目から何かが抜けるのがわかった。
 裕介が驚いてまわりを見回して、自分と私の小指を見て、空をたどるように視線を動かす。まばたきをしたところでそれは消え、また驚いてきょろきょろしてから私を見た。



「……赤い糸がつながってたショ……空いっぱいに糸が」
「本当に見えたの?」
「オウ……こんなふうに見えてたんだな」
「そこまでじゃないけどね。何でいきなりこんなこと言いだしたの?」
「や……最近元気、ないショ」



 照れているのを隠しながら言った言葉に、心臓が縮んだような気がした。胸を押さえて動悸を静めて、なんとか話そうと口を開く。



「──いま、解決した」
「は?」
「ずっといろいろ悩んでたみたいなんだけど、なんかいま吹っ切れた。ありがとう」
「や……なんもしてねえけど」
「したよ……本当に……ありがと」



 自分以外に、糸が見える存在。自分の赤い糸がつながってる先が私なのだと自分の目で確認しても、態度が変わらないところ。この苦悩を誰かと共有できる喜び。
 なんで糸が裕介とつながっているか、ようやくわかった。この人は、この世界で唯一私を受け入れてくれる人なんだ。



「泣くの、二回目ショ。今度はタオルあるから」
「あり、がと……」
「べつに……優しくないっショ」
「まだなにも、言ってないのに」
「それくらいわかるだろ」


 
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