あかい指切り >> Input

 運命の赤い糸なんて甘ったるいものに夢見ていたのは、いつまでだっただろう。小学校の低学年のころにはもう、恋愛に対して冷め切った感情しか持っていなかったように思う。
 両親は、私の言うことを幼さゆえの言動だと片付け、笑って見守っていた。でも私には不思議で仕方なかったのだ。なんで指に赤い糸があるの、と聞いた私に、お母さんは運命の赤い糸の話をしてくれた。



「どうしておかあさんとおとうさんはつながってないの?」



 その言葉に、お母さんとお父さんは顔を見合わせて笑った。目に見えないけどつながってるのよ、という言葉に、幼い私はそういうものかと納得しようとした。でも何度見ても両親の赤い糸は別々の方向に伸びていたし、つながってなんかなかった。
 注意して見れば、赤い糸同士でつながっている人なんてめったにいなかった。広い地球に人はたくさんいて、同じ国に住んでいる人のほうが少ないんだから。
 だからみんな糸がつながってない相手と恋をして、別れて、たまに結婚したりする。赤い糸なんてもので結ばれていなくても幸せでおしどり夫婦だなんて呼ばれている人も少なくなかったし、出会ったら惹かれずにはいられないけど、出会わなかったらこんなものなんだと思った。

 私は、糸が誰とつながっているかと考えると、恐ろしくて仕方なかった。相手は選べない。父親が自分の娘のクラスメイトとつながっていたり、ホームレスが相手だったり30以上年が離れていたり、同性だったり、たまにそういったものもあったからだ。
 でも、出会ってしまえば恋をしてしまう。私の相手が外国人であれと、どれほど願っただろう。
 それなのに赤い糸は惹かれあうもので、私は糸の伸びる方角へ、お父さんの転勤で引越しをし続けた。こわい。私の相手は誰なんだろう。せめて人であってほしい。よぼよぼのおじいさんだったらどうしよう。もう結婚している人とつながっていたらどうしよう。
 そればっかり考えて怯える私の心は、誰にも理解されなかった。だって、運命の赤い糸が見えるだなんて、いまどきラブソングでも聞かない。

 だからあのクラスメイト、巻島裕介が赤い糸の相手だと知ったときは、私の心は泣きたくなるほどの安堵で満たされた。人が相手だった。異性が相手だった。同い年だった。それだけで、どれほど救われただろう。
 私の悩みは吹き飛んで、あとは関わらないようにするだけだった。赤い糸同士で結ばれていると、それはもう幸せそうだったけど、一度だけ糸がちぎれるのを見たことがある。
 喧嘩していたふたりの糸がちぎれた瞬間、上から何かが落ちてきてふたりの頭を押しつぶしたのだ。ぴくぴくと手足は動いているのに、もう手遅れだとわかる様に、あたりは悲鳴と逃げる人でパニックになった。あの光景だけは忘れられない。あんなふうになるくらいなら、私は赤い糸の相手と結ばれないほうがいい。



「ねえ名前、昨日のテレビ見た?」
「なんのテレビ?」
「ほらあれ、」



 私にも友人ができた。巻島裕介とは、初日にぶつかって以来話してすらない。このまま3年間すごせれば、と思っていた矢先だった。
 ぐいっと小指が引かれて、椅子が倒れそうになる。椅子の背がなにかにぶつかって止まって、どくどくとうるさい心臓をなだめながら、椅子をしっかりと床に固定した。



「ご、ごめん。大丈……」



 振り向いて言いかけた言葉は霧となって消える。私のうしろにいたのは巻島で、向こうもなぜか体勢をくずして椅子に突っ込んだらしく、ひょろっと立ち上がった。緑色の髪がゆれて、頬に影を作る。



「こっちこそ悪い。何かに引っ張られたショ」
「あ、私もだから、気にしないで」



 不思議そうに巻島が小指を見て、手を振る。どくりと心臓が動いた。
 ……もしかして、赤い糸が、私とこいつを結びつけようとしているのか。そんな馬鹿な。赤い糸の相手とは出会ったときから惹かれあうもので、こんなに距離をとっているのはおそらく珍しい。だからって、こんな強引に接点を作るつもりなのか。
 小指をなでるが、そこに糸の感触はない。ただ見えるだけ。去ってしまった巻島の体は細くて、手足なんか折れそうだった。私より細いやつなんて好きになるもんか。



「名前、どうしたの? 巻島が気になる?」
「まさか。そっちこそどうなのよ」
「えー? 私はね、部活の先輩にかっこいい人がいるんだ!」



 世界は愛にあふれている。ただその相手が、赤い糸がつながっていないだけで。


 
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