あかい指切り >> Input

「みんな、久しぶり。私が来てよかったの?」
「もちろん、オレが誘ったんだからな」



 苗字さんはオレの言葉を聞いてにっこり笑ったあと、前に座る金城くんの横に座った。金城くんの横には靖友がいて、相変わらず迷いなく唐揚げを注文しようとしていた。俺の横にいる寿一は、アップルパイを見つけて顔を輝かせていた。
 今日は大学に入ってからはじめてのレースで、靖友と金城くんと走れるのを楽しみにしていた。全部をだしきって疲れきった心地いい体と、お互いをたたえる声。それらが自然とファミレスへ足を向けさせた。大学の部活もなかなか厳しいらしいけど、たまにこうして現地解散があるらしい。要するに自腹でなんとかして帰れよってことだな。
 苗字さんが、はじめて会ったときより伸びた髪を耳にかけ、オレを瞳にうつす。



「新開もすこし変わったね。元気にしてた?」
「ああ、そっちはどうだ?」
「詰め込むことがありすぎて頭パンクしそう。会うのは数ヶ月ぶりくらいなのに、すごく久しぶりな感じがするね。金城は変わってなくて安心するわー」
「褒められて光栄だな」



 苗字さんが金城くんの肩にほんのすこしだけもたれかかって、なんだか胸がちくっとする。それは裕介くんにするべきことであって、まさか心変わりしたなんてこと、あるはずないよな?



「苗字さん、最近裕介くんと会ったりしたかい?」
「まさか、裕介は海の向こうよ。冬に会ったっきりかな」
「電話は?」
「最近はあんまり。最初はどうしてもかけなきゃいけなかったし、春になったら私が進学して裕介がかけなきゃで大変だったけど」
「かけなきゃいけない?」
「私たち、どっちかが困ったら強制的に電話をかけさせられるの。もう付き合ってるんだし、そんなの無効だと思うんだけど」



 苗字さんがストローをくわえる。
 それからオレたちはお互いの大学生活のことやロードバイクのことを語り、靖友の相変わらずの言葉に笑ったり、金城くんの落ち着きっぷりに感心したりした。オレなんて大学に慣れるまでかなりの時間かかったのに、金城くんはもう二年生みたいだ。
 苗字さんはそれらを頷きながら聞いていて、たまに話を聞かれると答えていたけど、基本的には聞き役に徹していた。大変だと言っていたし、どこか疲れているような感じもする。



「苗字さん、疲れてるのか? 家まで送ろうか?」
「ありがとう新開、大丈夫」
「なんだか顔色も悪いし」
「あー……ううん、さっき新開に聞かれて、そういえば最近裕介の声聞いてないと思って。お互い忙しいしね」



 しまった、と思わず顔に出てしまったらしい。苗字さんは笑って「わかってたことだし、そこまで寂しくないから」と言ったけど、弱気な苗字さんを見るのがはじめてで、どうしたらいいかわからない。
 思わず同じ学校だった金城くんを見ると、金城くんもこんな苗字さんに慣れていないらしく、驚きながら背中をさすっていた。靖友がそれを見ながら「生まれ変わっても好きな相手と遠距離になったとたんダメになってんじゃねーよ」とため息をつく。寿一がそれをとがめながら、苗字さんの様子をうかがった。



「ごめん、楽しい時間を邪魔しちゃって。私なら本当に大丈夫。裕介をいつも感じてるから」
「そうは言ったって……」
「え? あ……うそ、どうして?」



 苗字さんが突然ななめ上を見つめながらうろたえる。そこに何かあるのかと思ったけど、ただ天井があるだけだ。
 苗字さんは困ったようにオレたちを見て、金城くんの腕をつかんだ。



「ねえ金城もなにか言って。このままじゃ裕介が電話してきちゃう」
「巻島が?」
「いま忙しい時間なのに、私は大丈夫だって言ってるのに。金城もはやく……あ」



 いきなり何を言うのかと驚くオレたちなど目に入らないように、苗字さんがテーブルの上においていた携帯を見つめる。その一秒後、本当に電話がかかってきて驚いた。携帯にはたしかに着信中と、裕介の文字。
 苗字さんは出るのをすこしためらったあと、オレたちに謝って電話を持って席を離れた。それをぽかんと見送る。



「金城、苗字はエスパーでも使えるのか」
「いや……たしかに、巻島と以心伝心だと思ったことはあるが」
「あいつの頭んなかに巻島が住んでんじゃねえの」



 3人が好き勝手言い合ってるなか、苗字さんは数分で電話をすませて帰ってきた。思ったよりはやく終わったのに、その顔はさっきまでと違って輝いている。



「ごめん、電話終わったから」
「別に待ってねーよ。っつーか早すぎんだろ」
「裕介のところはいま朝で、大学行くところだから。みんなありがとう。裕介、飛行機のチケット送ってくれるって」



 にこにこと笑う苗字さんは、氷が溶けて薄くなったジュースを飲んで、眉を寄せてストローを離した。それでも、機嫌がいいのは変わらない。
 金城くんまで嬉しそうにして苗字さんに尋ねる。



「よかったじゃないか。いつ会いにいくんだ?」
「次の長期休みのときかな。いつもは何も言わずにチケットだけ送ってくるんだけど」
「良かったな」
「福富もありがと」



 ふたりが仲良くなって嬉しいんだけど、どこか胸が痛む。みんなみたいに素直に喜べないオレを見て、苗字さんはやさしく笑いかけてきた。



「新開もそのうちわかるよ。話をするうちに気になってとかじゃない、出会った瞬間から気になって仕方ない相手と出会える。話す前から恋に落ちる。新開ももうすぐ……本当に、すぐに会うよ。だってもう、お互い惹かれ始めてる」
「そんな相手、いないさ」
「いるよ。一ヶ月もしないうちに会うから、もうすこしだよ。そのときには私にも教えてね、ふたりとも結婚式に呼ばなきゃいけないから」
「結婚式?」
「裕介と私の。私、もう手加減できないの。裕介と一緒じゃなきゃ幸せになれないの。裕介が幸せじゃないと私も幸せになれないから、全力で裕介を幸せにするって決めたんだ」



 笑う苗字さんはもうじゅうぶん幸せそうで、最初からわかってたけど負けたような気持ちで息をはいた。
 きっと苗字さんは気づいていたんだろう。裕介くんが好きで、その恋がブレない苗字さんが気になってたってこと。純粋で透明な尊敬という感情に、たった一滴たらした恋に似た憧れ。その一滴がオレを不用意にゆさぶっているってこと。
 まるで未来がわかっているかのように、苗字さんは微笑んだ。

 ……そして、まさかと思っていたけど、いまのオレはあの日苗字さんが言ったことが当たっていたと思い知っている。苗字さんが言っていた愛の言葉も、決して大げさじゃなかったんだと。

 律儀に送られてきたカードを眺めて、くるりと回す。出席に丸をつけてポストに放り込んで、かなり早いけどご祝儀の用意もしておかなきゃな。苗字さんが主役の、光り輝く第二の人生のはじまりだ。


 
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