あかい指切り >> Input

「わざわざすまないな苗字さん! よく来てくれた!」
「こっちこそ、呼んでくれてありがとう。一回来てみたかったんだ」



 私服姿の苗字さんが、きょろきょろしながら校門のなかを覗き込む。フクも新開も荒北も、苗字さんのわずかな仕草さえも見逃すまいというように凝視していた。
 それもそのはず、オレがいくら説明しても、この3人は苗字さんの存在を疑っていた。いわく、そんなふうに愛を語る女子高校生なんているわけがない、らしい。
 その気持ちはわかるが苗字さんは巻ちゃんの恋人だし、このオレですら言えないようなセリフを次々と口にする。それがまた疑わしいらしいのだが、こうして苗字さんを見ればすぐにわかるだろう。



「金髪なのが福富、茶髪なのが新開、目つきが悪いのが荒北ね。東堂から聞いていたとおりだね、すぐにわかる」
「アァ?」
「にらむなら、そう説明した東堂をにらんでよ」



 荒北の視線をさらっと流してオレに責任転嫁してしまえるなんて、さすが苗字さんだ。
 荒北の視線をうけ、うむと頷く。



「苗字さんはオレのお手本なのだよ。いつか心から愛する女性が現れれば、苗字さんの愛の言葉を参考にしようと思ってな」
「東堂だって誰かを愛すれば、自然と言葉がでてくるよ。私を参考にしなくても」
「いや、あれはなかなか出てこんだろう」



 レースで会ってすこし話すだけだが、それでも印象深いセリフはたくさんある。うんうんと頷いていると、荒北が苗字さんを試すように口をひん曲げた。



「そんなこと言って、偵察にでも来たんじゃねえの? インハイに向けてさぁ」
「偵察なんかしないわよ。だって、勝つのは総北だもの」



 ピリリと空気が引き締まる。フクのするどい視線を受けても、苗字さんは堂々と受け止めて向かい合った。



「あなただって自転車に乗っているなら知ってるでしょう。実力を認め合った相手と、駆け引きをしながら全力をだしきって勝ったときの勝利の味を。それを知っているから、偵察なんてちゃちなことはしない。見くびらないで、私は友達である東堂に会いに来ただけよ。なんでも自転車とつなげないで」
「……そうか」
「そうよ。それにね、自転車は詳しくないの。あなたたちが強いってことは知ってるけど、どのくらい強いのか、どう強いのかは全然知らない。総北が勝つって信じてるのは、裕介がいるからよ。愛する男のいるチームが勝つと信じない女が、どこにいるっていうの?」



 ……愛。突然でてきた単語に全員でびっくりしていると、フクが確認するようにつぶやいた。



「……愛?」
「そうよ、愛。私は裕介を愛してるの」



 愛。苗字さんの発言になれているオレは一足早く我に返ったが、ほかのメンバーはまだ呆気にとられている。
 数秒たって、新開がヒュウと口笛をふいた。



「尽八から聞いてはいたが、実際聞くとかなりの衝撃だな」
「愛って……なに言ってんだテメエ!」
「嘘ついてるわけじゃないんだから、別にいいじゃない」
「愛……愛……」
「ともかく、どこかに移動しようじゃないか。ここでは目立つからな」



 美形のオレがいるから仕方ないが、この視線のなかでは苗字さんは居心地が悪いだろう。長旅で疲れているだろうし、ともかく一度座って休むべきだ。
 そう思ったのだが苗字さんは当然ロードバイクなど持っているわけもなく、歩いていける距離ということでファミレスに行くことになった。オレのとなりに座った苗字さんは、上機嫌でメニューを開いてデザートのページを見ている。



「尽八から、苗字さんのことをよく聞いてたんだ。本当にそういうことを言うんだな」
「そういうことって……ああ、裕介を愛してるだとか?」
「そう、それ」
「裕介にも恥ずかしがられちゃうんだよね。別にいいと思うんだけど……あっ、告白は裕介からしたからね」



 なぜか念をおした苗字さんは、満足そうにメニューを閉じた。あの言い方からして、告白うんぬんは巻ちゃんがこだわっているに違いない。巻ちゃんはそういう細かいところを気にする性格だからな。



「告白がどういったシーンだったのかは知らないが、苗字さんもなかなかな告白をしていると思うぞ。ほら、死んでからも巻ちゃんが好きだとか」



 フクと荒北が目を丸くして苗字さんを見つめる。ロードバイク一筋でそういったことに疎いオレたちにとっては、死ぬだの愛だのは映画のなかの出来事だ。



「そうよ、私の初恋から死ぬまでの愛はぜんぶ裕介のものなの。死んでからもきっと、裕介に恋してる。ああ──そっか、生まれ変わってもずっと裕介が好きなんだわ。何度生まれ変わっても、きっと私は裕介に恋をして、裕介に出会うために生まれてくるのね」



 やわらかに微笑む苗字さんは小指をなでてすこしだけ動かして、なにかに気付いたように笑った。
 ようやく苗字さんの言動に慣れてきたらしい荒北が、頬杖をついて呆れたように口をゆがめる。



「生まれ変わりとか信じてんのォ? っつーか生まれ変わったら見つけられんのかよ」
「当たり前じゃない、私を誰だと思ってるの? 裕介が花になったって鳥になったって、必ず見つけ出せるわ。裕介の運命の相手は、私なんだもの」



 しばらく苗字さんを見つめて、それからハッとして前の席に座っている三人を見る。
 どうだ、オレの言ったことは間違っていなかっただろう! 恥ずかしげもなく愛を口にする男らしい女子が我がライバルの恋人だと、そう言っただろう!

 そわそわと三人を見ると、降参だというようにそれぞれ反応を返した。フクは赤くなって荒北はためいきをついて、新開はどこか尊敬しているような眼差しで苗字さんを見つめる。



「今日は箱根まで来て、巻島は怒っていないのか? 土産でも用意したほうがよかったか」
「なに言ってるの福富、私が来たくて来たんだから気にしないで。でもどうしても何かしたいっていうなら、そうねえ……福富が自転車に乗ってるのを見たいな。きっとかっこいいだろうから」
「……んむ」
「おい福ちゃんを照れさせてどうすんだよ! 巻島が嫉妬しても知らねえぞ!」
「もうしてるよ。そういうとこ、すごく可愛いよね」



 にっこり笑って言い放つ苗字さんを見て、新開が「器が大きい」とつぶやいた。
 男の嫉妬など見苦しいのに、可愛いと言い切ってしまえる苗字さんは女にしておくのはもったいないような気がする。だけどパフェのささいなカロリーの違いを気にして悩むのだから、やっぱり中身は女の子なのだ。

 さて、ここは箱根まで来てくれたうえオレたちに愛のなんたるかを教えてくれた苗字さんに感謝を示して、一番大きなパフェを奢ろうではないか。
 ……おい新開、なんで新開が一番乗り気なんだ。言っておくが、苗字さんは巻ちゃん一筋なんだからな!


 
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