あかい指切り >> Input

 すっかり風邪も治って学校に行くと、意外にも真っ先に来たのは裕介だった。数日ぶりに席についた私のところへ早足で歩いてきて、首をかしげて覗き込んでくる。



「風邪は治ったっショ?」
「治ったっショ」
「真似すんな」
「ごめん。でももう大丈夫だから。お見舞いありがと」
「パフェ、もう寒いんだから違うもんにしとけ。グラタンとか」



 パフェという単語にしばらく首をかしげてから、電話で冗談でパフェをおごってと言ったのを思い出す。メロンまでもらったのに悪いというのに、裕介は譲らなかった。こうなった裕介が頑固なのはわかりきっていることなので、諦め半分で頷く。
 そのままたわいない話をしていると、裕介が憂鬱そうにためいきをついた。グラタンじゃなくてドリアにしたほうがいいのかと思ったけど、そうじゃないみたいだ。



「今日、うちに誰もいないんだよ。メシは用意してあるらし、」
「あっじゃあうちに来たら? お母さんが、あれから裕介を連れてこいってうるさいんだよ」
「……なんで?」
「裕介が誤解されたままにしとけって言うからじゃない? お父さんも会いたがってて、メロン食べたかったってうるさいんだ」
「メロン?」
「あのあとお母さんが気に入って全部食べちゃったんだ」



 毎日ずっと言われてるから、正直うるさすぎる。こんなに学校が恋しくなるとは思わなかった。
 ため息をついて机のなかに筆箱などを入れていると、裕介がそっぽを向きながら頬をかいた。くちびるが少しだけ突き出ているところを見ると、どうやら照れているらしい。



「……行くっショ」
「じゃあお母さんにメールしてみるね」



 簡潔なメールを送って携帯をかばんに入れてしばらくして、バイブにしていたそれが震えた。
 メールを開くと、そこには「祐介くんはなにが好き?ハンバーグ、からあげ、ぎょうざ……」と延々と献立が書いてあった。箇条書きで、スクロールしても終わりが見えない。



「……裕介。お母さんすごく張り切ってて、このなかから裕介の好きなものを教えてくれって」
「長っ!」
「もうこれ裕介の携帯に赤外線で……あっ、アドレス交換しよっか。たぶんもう2通くらいくると思うから転送する。裕介が私に返信したのを、お母さんに転送するから」
「わかったっショ」
「そういえば私、裕介の電話番号も登録してないや。一緒に登録しとくね」
「してなかったのかよ!」
「えっ裕介はしてるの?」
「しなきゃ電話かけられないっショ!」
「ごめん、熱でて頭がぼーっとして忘れてた。いまからちゃんと登録するから」



 裕介の携帯とくっつけて、赤外線でお互いのアドレスを交換する。なぜだかちくちくとクラスメイトの視線が痛くて、そろっと様子を窺う。みんな驚いて見てくるこの視線の意味はなんだ。



「え……みんな何? どうしたの?」
「いや……苗字と巻島って番号交換してなかったのか……」
「うん。必要性を感じなかったし」
「おい苗字、巻島が落ち込んだぞ! 謝れ!」
「え? あ……ごめん?」
「いいっショ……」
「だって裕介とは学校で会うし、待ち合わせしても会えるし、いる場所だいたいわかるし、感情もなんとなく伝わってくるし。電話番号とか、そこまで重要じゃないでしょ?」



 赤い糸のおかげか、裕介の感情が揺れ動いたときは、なんとなく伝わってくる。すごく怒ったとか悲しいとか、ぼんやりとだけど。
 私は電話するより直接会って顔を見たいし、声を聞きたい。そう言い切ると、お調子者の岡上くんがなぜかよろめいた。



「やべえ……苗字がかっこいい!」
「これって普通のことでしょ。会いたいなら会いにいくよ。私は会えないって嘆いて死ぬようなお姫様じゃないしね」
「苗字がかっこいい!」
「うるさい」



 裕介にもなにか言ってもらおうと思って振り向いて、かたまった。耳を赤くした裕介は、そりゃあもう恋する乙女みたいな顔をしていたからだ。これを言ったら確実に怒るだろうけど。
 裕介と目が合って、こっちまでじわじわと赤くなっていくのを振り払うように首を振る。ちょうどチャイムがなったのをいいことに席について、ほんの少し小指を動かした。いまさっきのは嘘じゃないし、いまの態度も恥ずかしかっただけだからね、という意味をこめたそれは、無事に伝わったようだ。笑う裕介はかっこよくて、なんだか見惚れてしまった。



・・・



 裕介の部活が終わるのを待って、ふたりで私の家まで歩く。時間がかかっても2人でいるときは歩いて帰るのが、暗黙の了解のようになっていた。
 すうっと息を吸い込んで、意を決して裕介に話しかける。



「あのさ、もう気づいてるかもしれないけど、このままだと私は裕介を好きになっちゃいそうなんだ。まだ大丈夫だけど、時間の問題だと思う」
「……なんで名前が言うんだよ……オレが言おうと……」
「え?」
「だから! ……オレも同じ気持ちなんだよ。好きになりかけてんだよ。オレから告白しようと思ってたのに、こういうとこまで予想外なのはいらないっショ!」
「ご、ごめん」



 なぜ両思いっぽいとわかっているのに謝っているのか、自分でもよくわからない。裕介はためいきをついて、手を差し出してきた。今日は自転車がないから、両手はふさがってない。



「手ぇ貸せっショ。名前がオレのこと好きになったら、ちゃんと言えよ」
「うん。裕介も、私のこと好きになったら言ってね」
「ん」
「なんだかこれって、お互いを予約済みみたいだね。時期が来たら、ってやつ」
「言葉は悪いけど、ぴったりだな」
「だよねえ」



 つないだ手はあたたかくて、びゅうびゅう吹く風も日が落ちた冷たさも感じない、たぶんこれは、裕介のせいで体温があがってるせいだと思う。だけど横で私以上に赤くなってる裕介を見ると文句も言えなくて、嬉しくてたまらなくなって笑った。


 
return

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -