あかい指切り >> Input

 テストが終わって夏休みに入っても、赤い糸はこわいほど何もしてこなかった。ぐだぐだと休みを満喫しつつ、いまごろインターハイとか大会とかで戦ってるかもしれない裕介を、たまに思い出す。自転車のことは詳しくないけど、スポーツはたいてい夏に大きな大会があるものである。
 宿題や勉強をしつつ、たまに外に出るとあまりにも暑いから、倒れていないかと考えたり。同じ自転車部の田所と金城という子も、がんばっているだろうか。裕介の口からよく名前がでる二人は、廊下で見かけたことがある程度なのに、名前を覚えてしまった。

 宿題は終わり、塾の勉学に励みだしたころ、めんどうくさい登校日がやってきた。久しぶりの制服を着てかばんを持って、のろのろと暑い道を歩く。懐かしささえ感じる教室に入ると、ちょうど裕介に会った。



「おはよ。来てたんだね」
「はよ。このあと部活あるしな」
「毎日ごくろうさまだね」
「……今年はダメだった」
「インターハイ? そっか……」
「近いうち、時間、あるか?見せたいもんがあるショ」



 裕介の話といえば、自転車のことか赤い糸のことだ。流れ的に自転車のことだろうと頷く。どうせ毎日家でぐうたらしているだけなのだ。



「毎日部活あるから、終わったあとになる。時間は……」
「大丈夫だよ。今日は図書館もあいてるから、そこで勉強しとく。終わるころに行くね」
「悪ィ」
「ハーゲンダッツのストロベリー」
「いいショ」
「え、ほんとに?」
「脱水症状とか熱中症にだけは気をつけろよ」



 いつものようにふらりと自分の席へ向かっていった後ろ姿を見る。
 日に焼けて、すこしたくましくなった。背も伸びた気がする。細いけど筋肉がついて、男の子というより青年に近い感じになってきた。こうやって、追い抜かれていくんだな。なんだかすこしお母さんになった気分だ。



・・・



 それから裕介に気づかれないように一度家に帰って、おにぎりなどを作ってからもう一度学校に行った。部活終わったあとはお腹がすくだろうし、勉強して待ってるとは言ったものの、かばんの中に筆記用具くらいしか入れてなかったからだ。

 5時くらいに裏門へ行って、草むらに座り込んで暗記をしていると、しばらくしてから裕介が来た。時計を見るともう6時で、こんな遅くまで自転車をこいでいたのかと思うと、その情熱が羨ましく感じてくる。
 向こうから自転車を押してやってくる姿を見て、近くの自販機でスポーツドリンクを買う。それを投げてよこすと普通にキャッチされた。



「お疲れ。それは私からのねぎらいだよ。ダッツと比べたら安いけどね」
「サンキュ」



 ふたを開けて半分ほど一気に飲み干した裕介は、裏門坂を指差した。汗をぬぐってヘルメットをかぶって、自転車にまたがる。



「ここを登ってくるから、見てほしい」
「りょーかい」



 坂を下っていってしまった裕介を見送って、私もすこし坂をくだることにした。そうしたほうがたくさん見えると思うし。
 数分待っていると、裕介が下から走ってくるのが見えた。激しく体を左右に揺らして、たまに地面にくっつきそうになっている。驚いて見ている私の前をあっというまに通り過ぎ、裕介は裏門のなかへ入っていった。慌てて追いかける。



「裕介!」
「あれがオレのやり方ってヤツ。練習付き合ってくれたから、まだ勝てないけど見せとこうと思ったショ」
「あれすごく怖いんだけど!」



 暑いなか走ったから、汗がすぐに吹き出してくる。運動不足なせいで、すこししか走ってないのに息が上がった。裕介の目が揺れる。



「自転車のことよく知らないけど、あれこけないの? こけたらどうするの」
「立て直すショ」
「立て直せなくて、後ろからきた車や自転車に頭蓋骨踏まれたらどうするの! 膝とかこすりそうだったし、私が慣れてないだけかもしれないけど……怖かった。怪我したら、自転車乗れなくなるじゃない」
「……は?」



 裕介がぽかんと口を開ける。どうしてそんな顔をしているんだ。私の心配はもっともで、そんな顔になるようなことを言った覚えはない。



「怪我はつきものかもしれないけど……体を倒してるときに石につまずいてこけて頭がグシャアってなったら……」
「練習で何度もこけてるからそこは慣れた……って違うっショ。怖いって、そこ?」
「どこ」
「キモいとか」
「裕介の顔が?」
「オレの登り方が」
「キモいっていうか怖い。怪我しそうで」
「……クハッ」



 鼻の下をこすった裕介は、そのまま笑い始めた。初心者すぎて、見当違いなことを言ってしまったのかもしれない。
 裕介はまだ笑いつつも言葉を発する余裕はでてきたようで、体を震わせながらヘルメットをとった。伸びてきた髪が風になびく。



「名前の言ってることがわかったショ。いろいろ悩んでたけど、吹き飛んだ」
「悩んでたの? なにに?」
「もう解決したっショ。あとはこれを完成させるだけだ」
「よくわかんないけど、愚痴ならいつでも聞くからね。人手が足りないときは、あんまり力になれないだろうけど手伝うし」
「名前はそのままで十分ショ」



 裕介は着替えてくるといって、私の言葉をはぐらかしたまま去ってしまった。帰ってくるのをぼんやりと待ちながら、かばんのなかに荷物を詰め込む。
 しばらくして返ってきた裕介にお弁当を渡して、自分だけおいてけぼりにされたような感覚を拭うように舌を突き出す。



「ダッツ2個ね! お腹すくだろうから、アイスにありつくまでそれでも食べてなさい!」


 
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