「はじめまして、名字名前です。GWのあいだ、お世話になります」
「一の母です。手伝いに来てくれてありがとうね」
「いえ、私は素人なのに、本当にありがとうございます。嬉しいです」
「あらま!……一、名前ちゃんすごくいい子じゃない。農家の子じゃないの?」
「いいから行くべ」
西川の言葉に、人の良さそうなおばちゃんは気を悪くした様子も見せず、トラックを開けてくれた。ぎゅうぎゅうに詰まって駅を出発して、山道をひた走る。途中で西川とふたりで荷台に移動して、振動をお尻で感じながら空気を吸い込んだ。
一時間ほど走って着いた西川の家は、大きな畑と山々に囲まれた広々とした場所だった。エゾノーと変わらない空気に、ふうっと息をはく。いつのまにか緊張していたらしい。西川がそれを見て、ぽんっと肩をたたいて歩くように促してくれた。まさかの家族総出のお迎えに驚いたが、横に西川がいるんだもの。怖くない。
「名字名前です。素人ですが一生懸命働くので、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくな」
西川のお父さんが代表で挨拶をして、そのまま自己紹介をしてくれるのを頭に叩き込む。おじいちゃのばあちゃんは現役で、今日もせっせと働いているらしい。目尻のしわが優しくてどこか西川に似た、優しい家だ。
「お父さん聞いて、名前ちゃん農家の子じゃないらしいの」
「なに?……それで、うちに?」
「はい。エゾノーへは嫁ぎ先を探しに来ました」
「……ねえ名前ちゃん、うちに嫁いでこない?」
「母ちゃん、なに先走ってんだべ」
西川の言葉など聞いていないように騒ぐ西川家は、次々と私の家庭のことを聞いてくる。西川の家だからこそ、これからお世話になるからこそ、ここは隠さずきちんと言わなければいけない。
「うち、お父さんが作った借金があるんです。だから結納金200万くらいもらってなんとかならないかと思って……それでも借金は残るんですけど。だから、あんまりいい物件じゃないんです。すみません」
「……借金はどれくらいあるんだ?」
「300万くらいだって聞いてます。お父さんは、お金稼いでくるっていってどこに行ったかわからなくて、あの、すみません。こんな暗い話しちゃって」
へらっと笑ってみせると、おじいちゃんが首にかけていたタオルをとって汗をふいた。親しみやすそうで、それでいて威厳のある声が響く。
「うちだって借金してるし、そんなもんだべ。ここにいるあいだはうちの家族だ。なにかあったら遠慮なく言うんだぞ」
「はい!」
それから私は、収穫したじゃがいもをより分ける仕事をすることになった。傷がついているものは避けて、サイズ別にわけていく。経験のない私にはどれがどのサイズになるかわからず何度も聞くことになったけど、見本としてじゃがいもを用意してくれたおばさんのおかげで何となくコツが掴めた。とはいえまだスピードは遅いから、私がいてもたいした力にはなれない。それなのにあたたかく受け入れてくれる西川家のみんなは、心が広いというしかなかった。
・・・
その夜、夕後をごちそうになったあと、おばさんが思い出したように手を叩いた。そうだ、という言葉にみんなが注目する。
「名前ちゃんの家に電話しておかないと。少しとはいえ、大事なお嬢さんを預かるんだから」
「じゃあ、ちょっとお兄ちゃんに電話してみますね。いまならお母さんもパートの合間だから、いると思います」
電話を借りてお兄ちゃんのケータイに電話する。私もお母さんもケータイを持っていないので、お兄ちゃんのケータイでしか連絡がとれない。プルル、という発信音のあと、お兄ちゃんの声が聞こえた。
「あ、お兄ちゃん?私、名前。お母さんいる?」
「おー、名前か。ちょっと待っててな」
少ししてお兄ちゃんと代わったお母さんと一言二言話して、おばさんと電話を代わる。電話越しにお辞儀をする姿は、きっとうちのお母さんも同じなんだろう。
すこし話したあと、おばさんが私に受話器を差し出す。それを受け取って耳にあてた。なんだかお母さんと話すのは久しぶりな気がする。
「いいお家にお邪魔してるのね。ご迷惑をかけないように頑張ってね」
「頑張ってくるね。自給自足できるように勉強しておくから」
「そうだ、今月のお小遣い入れておいたわよ」
「お小遣いなんていらないよ!借金にあてて」
「いいから。それじゃあ、また今度ね」
「……うん」
ぷつりと切れた電話では、もう声も届かない。お小遣いはできるだけ使わないようにしているけど、どうしても筆記用具とかタオルとかを買う必要が出てくるから、少ししか残らない。お母さんの空元気だとわかる声を振り切るように、ふるふると首をふった。
「電話貸してくれてありがとうございました。電話代、いくらくらいですか?」
「それくらいいいって。ほら、お風呂わかすあいだゆっくりしてて」
「はい、ありがとうございます」
気遣う空気に気付かないふりをして笑う。食後のお茶を飲んでいる西川がじっと見つめてくるのを見つめ返して、やっぱり笑った。西川って不思議な目をしている。なんでも見通してるみたいな。
「そういえば西川の部屋ってどんなの?見てみたいな」
「一の部屋、アニメのポスターで埋め尽くされてるべ。名前ちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。西川がゲーム好きって知ってますから」
「お父さん、やっぱりうちに……」
「ほら、行くぞ」
西川に引っ張られて部屋をあとにする。後片付けのお手伝いをしようと思ったのに、西川はいいからとしか言わなかった。お辞儀をして部屋をあとにして、薄暗い廊下を歩く。ひんやりとした寒さは、どこか物悲しいような気がした。
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