入浴時間は短いけど、女子は長風呂というのが一般的だ。前の班が長引いても一緒に入るのが、当たり前の光景になっていた。自分のときも長引くし。体や頭や顔を洗ってお風呂に浸かるとなると、15分ではとてもたりない。
今日も長引いたお風呂あがり、髪を乾かしてからロビーへ行く。みんなお風呂上がりの牛乳とかを飲んでいるけど、私は我慢だ。そんなお金があったら返済にまわす。



「おーい名字」
「なにこれ。ゲーム?」



西川に手渡されたのは、ゲーム機とソフトと紙の束だった。ゲーム機を紙の下に隠すように言われて、とりあえず隠す。見つかったら没収かもしれない。



「前、ソフト貸してやるって言っただろ?」
「え?あ、ああ!」



その話をしたのは、一週間は前だったはずだ。私ですら忘れかけていた日々のちょっとした会話を覚えていてくれたことに、ぽうっと胸のなかに何かが灯る。
慌ててお礼を言うと、西川はなんでもないように視線をそらした。黒い服が多いせいか、どこか大人びて見える西川は、首にかけたタオルを取って首筋をさらす。なんだか直視できずに慌てて目をそらした。



「本体も貸してやるから、好きなだけしとけ」
「え!?でもこれ壊れたら弁償できないよ!」
「いいから。ソフトも買ったんだし、やらなきゃ損だろ」



西川の言葉に慌ててソフトが入っているパッケージを見る。西川の財布にいた女の子はどこにもおらず、代わりに二次元のイケメンたちがカメラ目線で微笑んでいた。これは……これは何だ?



「恋愛シミュレーションゲーム。正しい選択肢を選んでキャラと結ばれるやつ」
「西川がしてたやつの女の子向けってこと?」
「おう。その紙に攻略がのってる。評価高いやつ選んだからはずれじゃないと思う」
「うわあありがとう!いくらした?今あんまりお金無いから一度には払えないけど、分割払いでなら何とか!」



西川は言葉を発することをためらうように口を噤んだ。でもそれは一瞬で、すぐにいつもの飄々とした感じに戻る。あっさりと、もしかしたらそう見せかけているだけのように、西川の口が開く。



「金はいらん。送料をタダにするために買っただけだからな」
「そんなわけにはいかないよ!高そうだし、ちゃんと払うから」
「なら……その代わりに、GWにうちに来るか?人たんねえし」
「え……いいの?」
「おう」



本当にいいのだろうか。ゲームを買ってもらって、本体は貸してもらって、そのうえGWはバイトまでさせてもらえるなんて、私にとっていいこと尽くしなのに。
ぽかんと口を開けている私とは反対に、西川は口を引き結んでいる。耳がほんのりと赤い。



「ほ、本当にいいの?素人だし、失敗するし、手際悪いよ?」
「いいべ」
「あ……ありがとう西川!本当にありがとう!」



思わずゲームを置いて、西川の手を握る。上下にふってぴょんぴょんと跳ねて、そのまま勢い余ってくるりと回る。まわりが何事かと見てくるのも気にせず、西川の手をもう一度ぎゅっと握った。



「ありがとう!お母さんとお兄ちゃんに伝えておくね!今からゲームの説明書読んでくる!」
「おー」
「西川って本当にいい人だね!おやすみ!」



ゲーム機を落とさないようにしっかりと持って、先生に見つからないように部屋へと戻る。GWに行ける場所ができるなんて、夢みたい!



「順調にフラグがたってるのか男扱いされてないのか……あー……ここはどっちかっつーと落ち込むとこだよな……」
「頑張れ西川!」
「おー……あんがとよハチ」



・・・



寝不足の目をしょぼしょぼとさせながら、しっとりした朝の空気のなかを歩く。畑へ行くクラスメイトと合流したり別れたりしながら、今日も丹精込めて野菜を育てる一日が始まった。
ふあ、とあくびをすると、後ろから声をかけられた。西川だ。



「でかいあくびだな」
「おはよう西川。あのゲーム昨日やりはじめたら止まらなくて。イケメンって優しいんだね」
「そりゃゲームだし」
「まあ、一番優しいのは西川だしね。二次元は三次元に敵わないってことなのかな」
「……」
「ね、西川はどう思う?」



いつのまにか歩みを止めていた西川は、顔を片手で覆っていた。頭でも痛いのかと慌てて駆け寄るが、なんでもないと言い張られる。どう見たって普通じゃないのに、どうしよう、先生を呼んだほうがいいかもしれない。



「待ってて西川!いま先生を、」
「いいから。すこし眠くなっただけだべ」
「でも、」
「もう大丈夫だから」



顔をあげた西川はたしかにいつもどおりだけど、割とポーカーフェイスなので見抜けていないだけかもしれない。朝早く肉体労働が多い生活では、疲れがたまるのも当然だ。



「そんなの、農繁期に比べたら全然だ。GWに帰ったら忙しいから覚悟しとけよ」
「うん……西川、」
「大丈夫だって。それより早く行かんと遅れるぞ」
「え?うわっ!」



かなり危ない時間になっていることに気付いて走り出す。走る西川はいつもどおりで、たいしたことはなさそうだと胸を撫で下ろした。すぐ息のきれる私より、けろりと走っている西川のほうが丈夫に見えるくらいかもしれない。



「昨日電話したら、名字を連れてくのOKだってさ」
「よかったー」
「バイト代も出るべ」
「それはいいよ!ゲームソフトもらったんだし」
「いいからもらっとけ。タダ働きで乗り越えられるほどやわな仕事じゃないべ」
「……ん。じゃあ、お金もらったら、そこから西川に返すね」



西川はなにも言わなかった。なんとなくだけど受け取ってもらえない気がして、どうしようか悩む。それが西川だけど、それだと申し訳ない。
そしてなにかいい案を考えようと思いつつ、なにも思い浮かばないままGWがきてしまったのだった。



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