「だからさ、名前は鈍いの。鈍ちんなの」



シノの遠慮ない言葉に、恵ちゃんが頷いた。そこまで力いっぱい肯定しなくてもいいのに。むすっとふたりを見ると、人差し指をたてたシノがずいずいと近寄ってくる。なんだこの迫力は。



「名前は気付いてないみたいだから言うけど、もしほかの人が名前と結婚したいって言ってきたらどうするの?」
「ほかって?」
「んー、たとえばうちのクラスの朝藤くんとか。名前ちゃんはお嫁に行く?」
「ええ?ないよー」
「じゃあ八軒は?このあいだ会いに行ったんでしょ」
「ないない」
「中橋」
「ないかな」
「西川」
「えっ……それは、その……」



頬が赤くなるのが自分でもわかった。あれ以来西川のことを意識しすぎて、前みたいに話せなくなっているせいか、思い浮かべるだけで胸が締め付けられる。もじもじする私を見て、シノが頷く。



「西川はないって言わないってことはさ、西川のこと好きなんでしょ」
「……好き?」
「ライクじゃなくてラブのほうだからね?名前ちゃん、ずっと西川くんのこと好きだったと思うよ」



恵ちゃんの後押しに、これ以上ないほど熱くなっていた頬がさらに熱を帯びる。じっくり考えてみると、たしかに西川のところ以外に嫁ぐだなんて、考えることが出来なかった。それに、西川のことを考えるだけで胸が締め付けられるのはまさか……。



「まさか、これが恋……!」
「そう言ってんじゃん」
「これが恋なのか……!うわあ言われてみれば確かに!当てはまることしかない!」



自覚したとたん恥ずかしくて仕方なくなって、床をごろごろと転げまわる。シノと恵ちゃんはにこにこというかニヤニヤしながら見てきて、恥ずかしさのあまり布団に顔をうずめた。どうしよう、ますます西川と顔を合わせられない。



「さっさと告白してきなよ。西川がほかの人を好きになってもいいの?」
「それはやだ!」
「でしょ。善は急げ!」



シノに押されて、お風呂の準備をしつつ部屋をでる。告白……それは自分の気持ちを伝える行為。いかに西川が私のことを好きだと言ってくれても、もしかしたらこの数日で気が変わってるかもしれない。
ばくばくうるさい心臓を抱えて下におりると、ちょうどジュースを飲んでいる西川と遭遇した。まわりの視線が早くも近所のうわさ好きのおばちゃんのようになっているのは、この際無視だ。



「に、西川!」
「おー。どした?」
「あ、あの……その、まだ私への気持ち、変わってない?」
「……おう」
「西川、私……」



心臓がうるさくて仕方なくて、何も聞こえない。そういえばいつものジャージ姿だし、髪もぼさぼさだ。あまりに間の抜けた格好に落ち込みかけるが、その前に言ってしまおうと口を開く。



「おーい名字、いるか?家から電話だぞー!」
「っは、はい!」



いいタイミングすぎるところで先生からの呼び出しがかかる。一斉にがくっとこけるみんなのあいだをすり抜けて、先生のところへ急いだ。そうだ、まわりにみんないたんだった。電話が終わったら西川だけ呼び出そう、そうしよう。
先生にお礼を言って受話器を耳にあてると、お母さんのはずんだ声が聞こえてきた。こんなに明るい声、久しぶりに聞いた気がする。



「名前?あのね、お父さんが帰ってきたの!」
「お父さんが!?」
「マグロだかカニだか獲りに行っててね、200万も持って帰ってきたのよ!」
「……ほ、本当?」
「もちろん!旅行から帰ってきたおじいちゃんとおばあちゃんが、残りを出してくれるって言ってくれて……ひとまず借金はなくなったわ。これからはおじいちゃんたちにお金を返していくことになるの。お父さんはこれから就職先を探すからね。今はおじいちゃん家に行ってていないんだけど……とにかく名前、いままで苦労かけたわね。ごめんなさい」
「ううん……お母さんは悪くない」



それからお母さんに詳しい話を聞いてお兄ちゃんとも話して、じわじわと実感がわいてきた。借金はもうきっちり全額返したと聞いて、体の力がへなへなと抜ける。詳しいことはまた帰ったときに、と締めくくられた電話を数十秒眺めて、先生に電話を借りたお礼を言って、わきあがる衝動に逆らわず走り出した。



「西川!」
「電話終わったか……ってなんで泣いてんだ?どうした?」
「しゃ、借金、返せたって……!お父さんがマグロとカニで、おじいちゃんも助けてくれて、うえっ、私、私……!」



泣いていることに焦っている西川の胸に飛び込む。そういえば長いこと電話で話し込んでいた気がする。西川はお風呂上がりのいいにおいがして、ますます涙がでた。背中にまわした腕でぎゅうぎゅうと体を締め付けて、泣きながらなんとか言葉を絞り出す。



「よ、よかっ……!借金、全部返したって」
「……おう。おつかれさん」
「私、なにもしてない……!でも、西川のこと好き!」
「……ん?」
「本当によかった……!借金ないけど、西川のこと好きでいて、いい?」



何を言ってるかもうめちゃくちゃだ。見るものをドン引きさせるひどい泣き顔を見ても、西川は引いたりはしなかった。ただいつかのように、黙ってタオルで涙やら鼻水やらをふいてくれる。



「おう。俺も名字が好きだしな」
「う、うえっ……あっ、お風呂の時間あるから、またあとで話そうね」
「お風呂あがったら、すぐ学習時間だべ」
「じゃあまた明日……話してくれる?」
「おう。行ってこい」
「うん」



西川に背中を優しく押されて、ぐずぐずと泣きながらお風呂場へ向かう。いつのまに来たのか、シノが青ざめた顔で首を振りながら、肩に手を置いてきた。なんとなく顔が怖い。



「あんた……あそこで風呂はないわ」
「え?」



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