三つ子の試合のためなら、塾なんてくそくらえである。と言ってはみるものの、サボるなんてお金をドブに捨てるようなものだし、三つ子の後押しもあってぎりぎりまで塾に行くことにした。一回戦は余裕ですよ、と本当に余裕たっぷりに竜持くんが言うものだから、安心したという部分もある。そのあとの「名前さんは勉強しないといけないんじゃないですか?僕たちの試合を見に来たから成績が下がったなんて、言い訳に使ってほしくありませんからね」という言葉に、ずっしりと押しつぶされたからでもある。
お昼までみっちりと塾、昼から試合を見てまた塾という予定である。しかし予定はあくまで予定。三つ子のことが気になって仕方なくて、体調が悪いということにして途中で抜け出してきてしまった。待ち時間の間に勉強すればいいんだし、そもそも私に明確な目的なんかない。将来の夢もないし、それなりの大学に行ければそれでいいのだ。
「すみません、桃山プレデターの試合ってどこでしていますか?」
「ええと、あっちだね。もうすぐ終わると思うけど」
「ありがとうございます!」
必死に走って、赤と黒のユニフォームがボールを蹴っている場所へとたどり着く。たしか地区予選、だったはず。優勝しか見えてないと言い張る虎太と、それに頷く凰壮によって情報はあまり得られなかったけど、それだけは教えてくれた。相手チームもわからないまま試合を見つめ、十分後に試合終了のホイッスルが鳴った。どうやら勝ったらしい。喜んでいる子供たちを見てようやく実感がわいて、ほっとして体の力が抜ける。
コーチが子供たちを集め、なにかを言って解散する。応援にきていた親たちも移動しはじめて余計まばらになった観戦席に、見知った後ろ姿を見つけた。
「降矢のおじさん!」
「ん?これは、名前さんじゃないですか」
「おじさんも応援に来たの?」
「ええ、これの完成に欠かせない貴重な資料ですから。私はいまからこれをまとめますが、名前さんはあそこへ?」
「そのつもりだけど」
「そうですか。では、頑張れと三人に伝えてもらえませんか?」
「任せて!」
「よろしくお願いしますね」
パソコンとビデオを持って立ち上がるおじさんに握りこぶしを作ってみせると、頼もしいと笑いかけてくれた。どうやらおばさんは来ていなくて、おじさんだけ応援に来たらしい。おじさんも頑張ってと手を振って、急ぎ足で三つ子のもとへ向かった。早く、この言葉を伝えなきゃ。
みんなで固まってお弁当を食べようとしているところに現れた私を、三人は幽霊でも見るような顔で歓迎した。あと2時間は遅く来る予定だったから驚いたのだろう。遠慮なくシートに座らせてもらって、おじさんの言葉を伝える。
「さっきおじさんと会って、伝言を承ってきました。──頑張れ。以上です」
三人の反応はそれぞれ。三つ子だからといって思うことも考えることも同じではないし、性格ももちろん違う。私にはそれぞれどう思っているかはわからないけど、三人の間ではわかるのだろう。父親の言葉をゆっくりと消化した三人は、改めて私に向き直った。
「名前姉はなんでここにいんの?予定よりだいぶ早いけど」
「塾、抜け出してきたんだろ」
「まったく、勉強も満足にできないんですかあなたは」
「う……三人の試合が気になって、勉強出来なかったから」
「勝つと言ったでしょう。目下のところ、僕たちの試合よりも名前さんの勉強のほうが切羽詰っていますよ」
「そうだけど、でも……」
試合を見に来てこんなに責められるとは。三人の試合が気になって勉強が手につかなかったこと、先生に何度も注意されたこと、浮かぶのは三人の顔ばかりでこのまま勉強しても意味がないと思ったこと。それらを必死になって伝えるものの、言葉は尻すぼみになって消えていった。
「仕方ありませんね。来てしまったのですから、今更なにか言っても無駄でしょう」
「俺たちの試合、きちんと見てけよ」
「シュート、決めるから」
「っうん!」
許された。そんな気分になって、一緒にお昼ご飯を食べる。虎太はいつもより饒舌に、凰壮は毒舌まじりに、竜持くんは当たり前だというように、試合の流れを教えてくれた。サッカーにあまり詳しくないけど、三人の説明はわかりやすい。どうやっても覚えきれないルールに、竜持くんはいつものように諦めた口調で簡単に説明してくれた。
「サッカーのルールも覚えられず、塾はサボって……このままいくと、確実に売れ残りますね」
「し、将来は人気商品になるかもしれないじゃない」
「万が一そうなったとしても、予想通り在庫処分として格安で叩き売られていても、将来は僕がもらってあげますから安心してください」
「その前にいい人を見つけるからいいですー!」
「無理しないでください。名前さんには僕がお似合いなんですから」
「やだ。竜持くん将来有望だもの。私とお似合いなわけないでしょう」
「では、名前さんが僕に釣り合うよう努力するという方針で。そうだ、今日勝ったらまたケーキを作ってくれますか?アップルパイのように前もって試作している暇もなかったようですし、ホットケーキでいいですから」
「いいけど……って何で試作したって知ってるの!?」
「さあ、何ででしょう?」
なんとなく丸め込まれたあげく話をそらされた気がする。いや、気のせいなんかじゃない。じっとりと竜持くんを見ると、わざとらしい笑顔で口に唐揚げを突っ込まれた。何か言う前に口を塞いでしまおうという魂胆は単純だけど効果的で、黙って咀嚼するしかなくなるのだった。