凰壮の言うとおり、虎太が思っていたとおり、竜持くんの指摘どおり。私は不器用ではないけど大雑把で、レシピの手順をひとつふたつ抜かしたりすることは日常茶飯事だし、手間ひまかける丁寧な料理というものが苦手だ。
そもそも、料理自体が苦手な部類に入る。それでも、それなりに熱心に取り組むようになったのは、やはり三つ子の存在あってのものだろう。



「また外食か」



虎太が思わず、といったように口に出した言葉に、弟ふたりが頷く。
おばさんは忙しいのに栄養とかバランスを考えて料理していたし、サッカーの練習に行くときはお弁当も作っていた。それでも遠征や合宿のときは、どうしても一日二日は外食になる。うちのお母さんは大雑把なので、夏だろうが鍋だった。材料は切っておくから煮て食べなさい、というダイナミックさは、私に通ずるものがあると思う。最終的には材料すら切らなくなっていたけど。
結果、私も一緒に外食をする日が多くなった。外で食べるのもおいしいけど、味は濃いし飽きてくる。三人は、小学生にしておふくろの味というものに飢えている部分があった。私と比べればだいぶ家のご飯を食べていると思うけど、相手は小学校低学年。強制的に乳離れさせられて、まだ産まれて10年もたっていない相手と比べるのはおかしいだろう。



「今日、私がご飯作るよ!」
「姉ちゃんが?」
「やめとけって、怪我するぞ」
「名前さんが料理をしているところなんて見たことありませんよ」
「鍋作ってるでしょ!待ってて!」



待ってて、と言いつつも頼りにしたのは竜持くんだった。パソコンを使いこなせない私にとって、竜持くんは聞けばなんでも答えてくれる頼れる存在だった。インターネット万歳。竜持くんに簡単なレシピを検索してもらい、必死になって手順を覚えた。
実行場所は私の家、猶予は2時間。ご飯を炊くのはできたから、自信があるのはそれだけ。危なっかしい手つきで料理をする私を、同じ顔がみっつ心配そうに覗き込んでいた。



「出来た……!出来たよ!」
「姉ちゃん、怪我は?」
「ない!」
「名前姉にしては頑張ったじゃん」
「味に自信はないけど!」
「名前さんが作ってくれるだけで嬉しいですよ」
「ありがとう竜持くん!」



失敗してスクランブルエッグのようになった卵焼き、ほうれん草のおひたし、焼いた肉に焼肉のたれをかけたもの、ご飯。初めてにしては上出来だけど、外食のほうがあきらかに出来のいい料理を、三人は文句も言わずに食べた。



「名前さん、ほうれん草のおひたしおいしいです。また作ってもらえますか?」
「竜持くんの好物だったんだね!うん、頑張る!」
「ご飯おかわり」
「虎太は今日もよく食べるね。えらいえらい!」
「卵、うまいよ。卵焼きかわかんねえけど」
「凰壮も優しくていい子だねえ」



お世辞だろうがお腹がすいているから食べれればなんでもいい状態だろうが、食べてもらえるのは嬉しい。にこにこ笑ってご飯のおかわりをよそって、四人で手を合わせてごちそうさまと言う。いざとなったら最終兵器の鍋をだす予定だったけど、それもなく終わった。



「これからもっと練習して、上手になったらまたご馳走するね」
「別に、今のでいい」
「外で食うよりいいぜ」
「名前さんの成長を、自分の舌で確かめることにします」



三人とも、やっぱりいい子だ。三つ子の悪魔だなんて、誰が言い出したんだろう。この三人を見たら、そんなこと言えなくなるに決まっているのに。
また竜持くんに頼んで、翌日の献立を一緒に考える。無理難題を言ってくるかと思いきや、三人が提案したのは野菜炒めだった。やっぱり三人は優しい。どうしようもなくゆるむ頬を見て、竜持くんが嫌味ったらしく、はしたないですよ、と口にする。その頬がわずかに赤かったのはきっと、見間違いなんかじゃなかった。



・・・



「コーチ、これよかったら」
「ええと、これは……?」



青空の下、桃山プレデターの練習の声が聞こえる。戸惑うコーチに差し出したのは、三段の重箱。ずっしりとくる重さ、風呂敷からのぞく重箱から中身を察したコーチは、ますます怪訝そうに眉をよせた。もともと谷ができやすい眉間に、ぐぐっとシワがよる。



「よかったら杏子さんと食べてください。こんなこと、私が頼むのもおかしい話なんですが──その、三つ子のこと、よろしくお願いします」



深くお辞儀をして顔をあげると、相変わらず眉間には深い山と谷。それはそうだ、この人は普通のコーチと違う。だからこそ「ああ、これはどうも」なんてあっさり受け流したりなんかしない。だからこそ、あの三つ子がここまで信頼しているのだ。



「コーチなら知っていると思いますが、三つ子の悪魔は問題児で。コーチとそりが合わないあまりサッカーをやめたと──これはあとで知ったんですが、驚きました。あんなにサッカーが好きだったのにやめるなんて、よほどのことがあったんだと思います。だから、また三人がサッカーをするうえで一番重要なものを、コーチは持っていたんだと思います」
「──俺は何もしていない。サッカーをしているのは子供たちだ」
「そのサッカーをする、という行為が、あの子たちにとってどれほど大事なことか。虎太は意地っ張りで、凰壮は意地悪、竜持くんはたまにえげつないですけど、コーチのことは信頼しています。どうか、よろしくお願いします」
「特別扱いなんかしないぞ」
「それでいいんです。だからこそコーチなんですから」



私にはできない。サッカーをさせることも、勝たせることも、導くことも。三人が熱中して、いまは生活の中心になっているものに、ふれることさえ出来やしない。それをあっさりとやってのけたコーチが羨ましくて、つい眩しいものを見るように笑いかけてしまう。コーチは居心地悪そうにわざとらしく咳をしたあと、重箱を持ってくれた。どうやら受け取ってもらえるらしい。



「俺にしてみれば、虎太たちがあんなに子供らしいというか、懐いているのに驚いた」
「私にですか?それなりに長い付き合いですから」
「あいつら、大人を嫌ってる節があるだろう」
「私はまだ子供です。それに、その嫌っている大人なのに信頼されているコーチが、すごいんですよ」



やっぱり羨ましくて仕方なくて、でもどこかほっとしている。重箱は丁寧にベンチに置かれ、コーチの吹くホイッスルの音が響き渡る。ぞろぞろと集まってくる子供たちは汗だくで、それでも楽しそうな顔をしていた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -