竜持くんは必要ないと言っていたけど、結局は凰壮の後押しでメンバーを軽く紹介してもらえることになった。
とはいえ、キャプテンである翔くんは自ら来てくれたし、エリカちゃんと玲華ちゃんも挨拶をしてくれた。塾があるとすぐ帰ってしまったのが3U、あとは竜持くんが嫌々ながらメンバーの説明をしてくれた。どうしてそんなに嫌そうな顔をしているのか聞こうとする前に、虎太がくいっと服のそでを引っ張った。



「姉ちゃん、見てて」
「サッカーするの?」
「おう」



虎太がサッカーボールを持ち、少し離れたグラウンドへ駆けていく。一瞬だけ私を見てしっかりと自分に焦点をあてていることを確認すると、虎太はボールを魔法のように操った。見えない紐がついているような動きに、惜しみない拍手を送る。すごい、多分あれは始めて見る技だ。
続けて虎太は次々と技を繰り出し、そのたびに誇らしそうに私を見る。そのたびに私も笑顔で感動をしながら拍手をして、すごいと褒めちぎった。

たくさんボールの動きを見せつけたあと、虎太はどこか恥ずかしそうに私の前まで歩いてきた。



「これで全部」
「すごい!すごいね虎太!こんなに技を覚えたんだね!すごい、私まで誇らしくなっちゃう!さすが虎太!いっぱい練習したんでしょう?虎太はサッカーが大好きだもんね、すごい!」
「名前さんの表現の乏しさは相変わらずですね」
「だってすごいんだもの!竜持くんも凰壮も、いっぱい頑張ったんでしょう?三人ともすごいね、天才だよ!」



自分でもわかるくらい喜びで顔をくずし、虎太の頭をなでる。すごい、偉い、天才、さすが、という言葉のループを、虎太は止めるでもなく受け入れる。それから、照れ隠しにボールを蹴った。



「──ケーキ」
「そうだ、お祝いしなくちゃね!ケーキを買うのも久々……ってまさか」
「ひとつ覚えたらケーキひとつ、だろ?」
「いや、この場合、凰壮は違うっていうか」
「違いませんよ。僕たちもケーキ食べたいんです」
「さすがにこの数はちょっとさすがに無理かなあって!」
「姉ちゃんが作るやつ一個でいい」
「作るの?ケーキを?」
「虎太、名前姉は不器用じゃないけど大雑把だぜ。悲惨な出来になるんじゃねえの」
「言い返したいけど、凰壮の言うとおりだよ!グラム計ったりとか苦手だし!」
「2時間44分」
「うっ!」



竜持くんの薄く形のいい唇が意地悪くつり上がって、魔法の言葉を紡ぎ出す。赤い瞳のひとつは期待に揺れて、ひとつは流れを面白そうに見守って、ひとつは自分の期待通りになると確信している。
たっぷり数十秒後、観念して白旗をふった。



「なんちゃってアップルパイとか、それっぽいロールケーキとか、簡単なカップケーキでいいなら」
「姉ちゃんが作ってくれるなら、なんでもいい」
「虎太……!」



なんていい子なんだろう。抱きしめようと両手を広げると、後ろから首元を掴まれた。一瞬息がつまって抗議しようとするが、私の気管を痛めつけた本人は悪びれる様子もなく笑う。乱れていたらしい髪の毛をなおされながら、いつもより僅かに低い声で、誰に言うでもなく語り始める。



「僕だって忘れようとしたんです。まだ子供ですし、親の都合で振り回されるのは仕方のないことですしね。いつか、大人と言わないまでも青年になったら、と考えていました。あっけなくその願いは崩れましたけどね。前回の教訓を生かし、悠長に構えることはやめます。というわけで名前さん、抱きしめるなら僕にしてください」
「な……なんで?」



竜持くんの言葉は半分どころか1割もわからなかったけれど、最後の言葉だけは理解できた。竜持くんにしては脈絡のない言葉に驚きながら、素直な感想を口にする。何故、という問いに、竜持くんは少し考えてから答えを唇に乗せた。



「寂しかった、からですかね。僕も虎太クンと同じくらい練習して、同じくらいの技量やスタミナをつけました。僕だって褒められたいときくらいあるんですよ?」
「だ、だけど竜持くんは駄目!」
「虎太クンは抱きしめるのに僕は駄目なんですか?」
「うっ……!」



あざとい。あざとすぎる。わざとらしく伏せられた目に、全身で表現された悲しみ。私より身長が高くなったくせに、下から見上げるような仕草。それでも駄目だと首を振るが、竜持くんは譲ってはくれない。
くっ、感情に訴えると見せかけたゴリ押し……!後ろで凰壮が、早くしろと目で急かしてくる。



「だ、抱きしめるだけなんだし、そこまでこだわらなくてもいいんじゃない?」
「抱きしめるだけ、と言うなら、さっさとしたらどうですか?」
「で、でも──」
「仕方ありません、じゃあ僕が抱きしめます」
「ま、待った!わかった、わかったから!」



笑いながら脅迫してくる竜持くんに負けて、おずおずと両手を広げる。こういうのは慣れてないどころか初体験だ。いまさっきは勢いによる後押しが大きかったけど、今はその勢いもノリもない。

急かさずに待っている竜持くんは、やっぱり性格が悪かった。急かしてくれたら、脅してくれたら、この行動がすべて自分の意思によるものじゃないと言い訳できるのに。
竜持くんを包み込むように、ふれるかふれないかのところまで腕を回す。小学生なのに、どうしてこんなに成長してるの。恥ずかしさと恨み言のつまった視線を軽く受け流し、竜持くんは大きくなった手を私の頭のうえに置いた。



「走ってきたんですね。髪の毛がぐちゃぐちゃですよ」
「そりゃ──頑張ったから」
「ありがとうございます。嬉しいですよ」



もういいかと、そろそろと腕をおろす。止めるでもなくからかうでもなく、竜持くんはやわらかに目を細めて頭から手を離した。
──あ、この顔、久しぶりに見た。
ようやく見られた年相応の顔にひたる間もなく、ぐうーというお腹の音が空気を切り裂く。虎太がお腹をおさえて必死に空腹を止めようとしているのを見て、笑いがこぼれた。ようし、遅刻したお詫びとして、一緒に何か食べに行きましょうか。


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