歓声がどこか遠くから聞こえるような気がした。ピッチのなかに飛び込みたくて、でもこの線を越えることは選手にしか許されない。一歩が踏み出せなくて迷う一瞬のあいだに、杏子さんがピッチに飛び出していった。

──飛び出していいんだ。
頭で考える前に心で感じて、ピッチへ駆け出した。握手をしたり話したりしている選手たちの間をすり抜け、体が勝手に相手を求めて走る。数メートル先から走ってくる赤と黒のユニフォームを見つけて、何も考えずその腕に飛び込んだ。



「名前さん!」
「竜持くん!おめでとう!」



汗ばんだ体、どくどくと鳴る心臓、体は熱くて抱きしめる力は強い。ただただ喜びを噛み締める竜持くんの腕のなかで、泣きたいような笑いたいような気持ちで胸に顔をうずめる。竜持くんがすこし体を離して、顔を上げるよう言った。



「名前さん、僕はずっと名前さんより年下なのが悲しかった。どんなに頑張っても埋まらない年の差が悔しかったんです」
「うん。私も」
「でも、その年の差があるからこそ、名前さんは僕の相手をしてくれると思っていました。僕が小学生だから名前さんはなんの警戒もせず近付いて、家に泊まり、安易に懐まで潜り込ませる。名前さんの性格もあると思いますけどね」



思い出をやわらかく食むように、竜持くんはくすくすと笑う。私はそんなにお人好しではないけれど、竜持くんから見たら私はじゅうぶんお人好しで抜けているんだろう。私から見た竜持くんが、可愛くて格好良くて生意気な子供に見えるように。



「私も。私も、竜持くんが小学生だから私を相手にしてくれてると思ってた。竜持くんの世界が広がるにつれ、私をつまらない人間だと認識していくだろうって。だから竜持くんが小学生じゃなかったら、きっと相手にしてくれないと、思って」
「そんなことありません。何歳になろうと、世界が広がろうと、名前さんは名前さんです」



赤い瞳が深みを増し、笑うような声が一転して真剣な色を帯びる。それに何だか泣きそうになった。竜持くんが真剣なのが痛いほど伝わってきて、なんだか、幸せで泣きそうだ。



「私、まだ銀河一の選手に釣り合う女になってないよ」
「最初から名前さんは、僕にとって銀河一番です。誰もが離れていくなか、名前さんが、名前さんだけが離れずにいてくれたんです。冷たくしても怒ってみても、名前さんだけが」
「それは……そのあとすぐ、竜持くんが謝ってくれたから」
「名前さんが離れていくように仕向けてみたのに、いざそうしてみると耐え切れなかったんです。僕も子供でした」
「いまも子供だよ。私も子供」



もう何も言わなくてもお互いの気持ちは伝わっていた。ずっと前からわかっている気持ちを確認するという行為を、どれほど待ち焦がれたことか。竜持くんは自分が小学生で年下だからこそ相手にされていると思っていて、私も竜持くんが小学生だからこそ私を相手にしてくれているんだろうと考えていた。明るみに出てしまえば笑い飛ばしてしまえる話だけど、暗がりにいるときはそれが足枷のように重く身動きが取れなかった。



「名前さん、あのとき言えなかった言葉を言ってもいいですか?」
「──はい」
「名前さんが好きです」
「私も、竜持くんが好きです」



言葉にしたとたん、重く苦しかった心がすうっと軽くなるのを感じた。愛しい、好き、愛してる。愛情のいろんな形が胸からあふれだすのを目に見えるようにしたように、目から涙がこぼれだす。声をあげて泣き出した私を、竜持くんが笑いながら抱きしめてくれた。ユニフォームに涙が染み込んでいって、竜持くんの胸に染みを作る。



「名前さんの涙が心に染み込むなんて、嬉しいですよ」
「も、そんなの、ずるいよ」
「僕の胸でそんなに可愛らしく泣くほうがずるいですよ。ねえ虎太クン?」



いつの間に来ていたのだろう。虎太と凰壮が満足そうに私たちを見ていて、二人に抱きついた。二人は私たちの気持ちに気付いていたのに、何も言わず見守ってくれていた。子供のように泣きながら、良かったとかおめでとうとか、思いつく限りの言葉を涙で飾って送り出す。
虎太はユニフォームで、凰壮は手で、それぞれ涙をぬぐってくれた。それがまた嬉しくて泣く。後ろから涙をすくい上げてくれる手を掴まえて、三人に抱きついた。



「みんな、きっとこれから飛んでくんだね。私、待ってる。三人がいつでも帰って来れるように、待ってる」
「何言ってんだよ、名前姉もだろ」
「姉ちゃんも一緒に行くぞ」
「銀河一になったのは、名前さんもですよ」



竜持くんに引っ張られて、つまずきそうになりながら走り出す。竜持くんが右手で凰壮が左手、虎太は私たちの前を切り開くように。いままで三つ子しか見えていなかった視界が開けて、緑色のピッチに風が吹いた。そのまま桃山プレデターの面々と喜びを分かち合おうと、みんなで走り出す。銀河一番になった子供たちは、星のようにきらきらと光り輝いていた。


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