あのあと竜持くんは変に機嫌がよく、虎太と凰壮が不思議がっていた。それを誤魔化すのに苦労……したわけでもないけど、隠し事をするのは得意ではない。深くは聞かないでいてくれる二人に感謝しながら、思い出すと勝手に熱くなる顔を必死に冷ました。

あのとき鼻をつまんだお返しにと近づいてきた顔に驚いてバランスを崩し、ベッドに倒れ込んだ。竜持くんが咄嗟にベッドに腕をついて私にぶつからずに済んだのはいいものの、倒れた私の目の前に竜持くんがいるという、なんだか押し倒されているような体勢になってしまった。



「あ、あの、ごめんね。驚いて」
「……僕も、驚きました」



いつもは心地よく感じる沈黙も、いまは耳に痛い。竜持くんの目に見慣れない感情がよぎって、緊張しきった顔が近付いてくる。お互いの心臓の音が聞こえそうだ。耳の横に移動してきたように感じる心臓が鼓動を主張してくるなか、竜持くんがふっと笑った。



「お返し、です」
「……お返し?」
「そうです。名前さんが僕の顔を好き勝手にいじるから」
「あ、あれは竜持くんが嘘ついて素直に気持ちを言わないから」
「人に嫌われるのが怖いなんて、滅多にない感情ですから。どうしていいのかわからなくて」



竜持くんの顔が近付いてきて、ふたりの距離が20センチほどになる。そのままで数秒、お互いの気持ちを感じあってから体が離れていった。はにかんだような顔をして差し伸べられる手を握り、体を起こす。



「今ので幸運が舞い降りてきたようです」
「私もそうみたい」
「代表もテレビ局の関係者もいますし、今晩は一緒に寝られませんね」
「そうだね。でもいいの、お楽しみはあとに取っておくタイプだから」
「どうせ10年後には、飽きるほど一緒に寝られますよ」
「そこまで一緒にいられるかな」
「いますよ。お互い努力すれば、ですけど」
「じゃあ、死に物狂いで頑張らなきゃ」



軽口を叩きながら部屋を出て、前を見据える。目標は銀河のワールドカップ。私は応援して祈るだけだけど、それでも来て良かったと思えるように、私に出来ることをしなきゃ。まずは……そうね、竜持くんのモチベーションをあげるところから。横を歩く竜持くんに笑いかけると、ふわりと微笑まれた。



・・・



ホイッスルが鳴り響く。喜ぶ敵の選手たちと、顔を伏せる桃山プレデターの選手たち。……終わった。終わったけど、終わりじゃない。
一日3試合と急ピッチで進められたガラクシア杯は、惜しくも銀メダルが桃山プレデターの選手たちの胸を飾るという結果に終わった。悔しがってはいるけどそこまで落ち込んでいないのは、みんなまだ本番が終わっていないとわかっているからだ。それでも悔しくてたまらない私の背中を、竜持くんがぽんっと叩く。



「あとで僕の部屋に集合です。これからは名前さんも交えて話をします」
「ん、わかった」
「……負けるのはいつになっても悔しいですね」
「うん」
「ですが、ここで悔しさに囚われていてはこの先に進めません。一緒に進んでくれますか?」
「もちろん。私たちの目標は初めから変わっていないもの。銀河で一番に、でしょう?」
「その通りです」



それからホテルに戻ってミーティングをする選手たちに混じって、部屋の隅っこに座り込んだ。こんなにしたいことを明確にしてのびのびとプレイしているチームは他にないんじゃないだろうか。そしてそれを実感するたびに、このチームのことを誇らしく感じる自分がいる。
竜持くんがぼんやりと考えていた目標がチーム全員の目標となった。最初はばらばらだったチームがまとまってきて、翔くんが的確な指示をだして、ゴールを決める虎太とゴンザレスくんがいて、スピードで敵を抜き去るエリカちゃんがいて、こぼれ球を決める玲華ちゃん、ゴールを守る多義くん、守りも攻撃も出来る凰壮もいる。そうだ、こんなにも──



「このチームは最高だ」
「名前さん?」
「コーチの言っていた言葉に同意だったんだけど、なんだか、今更だけど……実感したっていうか」
「どうしたんですか?泣かないでください」
「泣いてないよ。ただ──みんな銀河一番になるんだなと思って。だから大丈夫」



心配そうな顔で近づいてきた竜持くんに笑いかけて、気合を入れて立ち上がる。私がぼうっと考え込んでいる間に広場で練習をすることが決まったし、ここまで来たらとことん付き合わなきゃね。



「そうですよ、僕たちは銀河で一番になるんです。自分のために、チームのために、僕と名前さんの未来のために」
「うん、信じてる」
「行きましょうか。アップがてら走りますけど、ついてこれますか?」
「頑張る!」
「さすが名前さんです」



気付かない間に乱れていたらしい髪が竜持くんの手によって整えられ、そのまま顔が近付いてくる。耳元に唇が寄せられ、大人と比べるとまだ少しだけ高い子供の声がこっそりと耳に滑り込んだ。



「でも、負けてしまいましたから。出来たら今夜、一緒にいてくれませんか?」
「うん。竜持くん、意外と打たれ弱いもんね」
「意外は余計です。こんなに繊細なのに」
「わかってるよ、竜持くんが可愛いことは」
「可愛いって言われても嬉しくないです」
「もちろんかっこいいよ?だって竜持くんだもの」



さて、コーチや杏子さんに見つからないうちに外に出ないと。いざとなったら観光だと言ってごまかそう。
準備運動をしながら部屋を出ようと振り返ると、なぜか竜持くんよりも赤くなって照れている虎太がいた。それがおかしくて思わず吹き出してからドアを開ける。さて、今夜どうやって竜持くんと会うか考えておかないとね。


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