話には聞いていたけど、テレビの取材があるなんて有名人になったみたいだ。
インタビューに答える気がないコーチやカメラを気にしている様子もない選手たちを見ながら、ぼんやりとそう思う。杏子さんだけはテレビ映りを気にしていたけど、ほかの人は気にかけてもいなかった。きっと今から大事なひと夏のクライマックスが始まるからだろう。



「ええと、あなたは?雑務を手伝っていると聞いていますが」
「え?」



不意に話しかけられて振り向くと、テレビ局の人が目の前にいた。たしか自己紹介をしてくれたんだけど、名前なんだったっけ……。
思い出せないまま曖昧に笑って質問の答えを探す。竜持くんのように大人をからかって、勝利の女神だなんて言えるはずもないし……。



「私はええと……三つ子の身内のようなものです。選手が気持ちよくプレイできるようにする係……です」
「身内のようなもの?血はつながっていないんですか?」
「はい。あの……」
「これは……映えますね!世界に挑戦する子供たちを応援する女子高校生!これはいい!」
「ど、どうも……?」
「インタビューをしても?」
「えと、それは……」



ぐいぐい来る人はどうも苦手だ。私はテレビに映りたくてここにいるわけじゃないから、出来ればインタビューなんて遠慮したい。私を撮っても何にもならないし、結局は使わないと思う。私を撮るくらいなら選手を撮ってほしい。
じりじりと後ずさったぶんだけ、ぐいぐいと距離を縮めてくるマイクが、いまの私には恐怖の象徴に思える。引きつった笑いを浮かべながら、こうなったら腹をくくろうと顔を上げた瞬間、背中が何かにぶつかった。



「名前さん、こんなところで何をしているんですか」
「竜持くん!」



小学生に助けを求めるだなんて情けないけど、なりふり構ってはいられない。さっと竜持くんの斜め後ろに立つと、竜持くんがくすくすと笑った。この様子から見るに、私が困っているのを見て助けにきてくれたらしい。



「ええと君は……血は繋がっていないけど姉弟ということは、近所に住んでいるお姉さんのような存在かな?」
「そうです。ああ、こんなふうに名前さんを撮らないでくださいね。インタビューなんて以ての外です。質問ならコーチにすればいいんじゃないですか?」
「それがどうも答えてくれず……」
「おやおや、随分と撮影のしにくいチームもあったものですねえ。それでは」



撮影に協力的じゃない子供たちの代表のような竜持くんは、私の腕をとってそのまま歩き出した。転ばないように歩きながら、いつの間にか溜め込んでいた空気を吐き出す。テレビなんて映ったことなんてないし、あの人はぐいぐい来るし、どうも知らないうちにストレスを感じていたらしい。



「相変わらずですねえ、名前さんは」
「竜持くんはテレビが来ても平気なんだね。翔くんなんか舞い上がってたよ」
「最初は、ですよね。いまはもう銀河のワールドカップしか見ていません」



銀河の、ワールドカップ。聞きなれないようでいてしっくりくる言葉を反芻しながら、促されるまま誰もいない部屋に入る。ここは、夜になったら竜持くんが眠る部屋なんだろう。
真剣な目が私を捕らえる。外からわずかに漏れる音しか聞こえない空間のなか、竜持くんが唇を開いた。



「大人には秘密にしてるんです。僕たち8人だけで考えて実行しようって」
「うん」
「でも名前さんは大人ではありません。……秘密に、出来ますか?」
「わかった、約束する」



ふたりしてベッドに腰掛けて、竜持くんはわかりやすいようにゆっくりと話してくれた。最終目的はこのガラクシア杯で優勝することではないこと、これからの戦術の使い方、自分たちで考えるサッカーの在り方。
ぜんぶ話し終わったあと、竜持くんは真剣な顔から一転、悪戯を企むような顔でウインクをした。



「秘密ですよ?」
「……うん、わかった。誰にも言わない。8人で考えて、実行して、楽しんでサッカーするのを、私は応援してる」
「ありがとうございます」



竜持くんがふうっと息を吐き出して、いつの間にかこわばっていた肩の力を抜いた。そのまま何も言わず私の肩に頭を乗せてきたのを受け入れる。お互い何も言わずに竜持くんの頭をなでていると、懺悔するような声が聞こえてきた。



「……すみません。この計画は、かなり前から考えていたんです」
「そうだと思った」
「名前さんに言うかどうか迷いました。名前さんなら受け入れてくれるとわかっていたんですが、どうも怖くて」
「何が怖いの?」
「……呆れられてしまうこと、ですかね」
「呆れる?そんなことないのに」
「ええ、でも……ふつうの大人だったら絶対に無理だと言うでしょう。諦めるように言うだろうし、阻止してくるかもしれない。名前さんはそんな人じゃないと思っていたのですが」
「私がそう言って、竜持くんが私に失望するのが怖かったっていうこと?」
「そうですね」



見くびられたものだ。竜持くんがオウンゴールを狙っているとわかったときも、コーチに反発しているときも、同級生に辛辣な言葉を吐いて泣かせたのにさらに追い討ちをかけたときも、竜持くんに呆れることなんかなかったというのに。
安心している子供と向き合って、頬をぱんっと両手で挟む。そのままぐりぐりと頬を寄せたり伸ばしたり、最後に強めに頬をつねってから離した。



「オウンゴールを狙ってたのは誰でしたっけ?」
「……僕です」
「三人で好き勝手にしたあげくコーチに毒を吐いてサッカーをやめたのは誰でしたっけ?」
「僕です。……怒ってるんですか?」
「そんなふうに思われていたなんて知らなくて。そんなに信用がないなんて思わなかったわ」
「そうじゃないんです。そうじゃ……」
「ふうん?じゃあどういう事?」
「僕が……見捨てられてしまうことが、怖くて」



ようやくぽつりと本音を漏らした体をそっと抱きしめる。まわりにどう思われようとどう言われようと、三人で分かりあえていればいいと思っていた竜持くんは、今はどこにもいない。こう思ってくれていたということは、私は失うことを恐れるほど大事な存在になったと自惚れてもいいのだろうか。



「竜持くん」
「はい」
「竜持くんが何をしても離れないから。その代わり、駄目なことをしたら叱るし、全力で止めるけど」
「……今回は?」
「わかってるくせに」



応援してるって、言ったじゃない。自信満々で計画を話したくせに、いまは睫毛が震えている。このアンバランスなところが竜持くんのやわらかい内側だ。
そっと顔を寄せて、お互い額をくっつけあう。ようやく安心したように息を吐き出す竜持くんの鼻を、最後の意地悪でつねってみる。お返しとばかりに耳に寄せられた唇に、体がベッドに沈んだ。


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