「まあ、そんないきなり会えるわけないよねえ」
引っ越して一ヶ月後、学校帰りの道にて。お母さんは降矢のおばさんと連絡をとっているから、もしかしたら三つ子にも私が桃山に引っ越してきたことが伝わっているかもしれない。こっそりとサッカー場を覗いたりしているけれど、いまだに三つ子には会えていなかった。会いたいなら降矢のおばさん家に行けばいいんだけど、どうも照れくさいし恥ずかしいし、すこし怖い。
思春期の二年は長くて、三つ子はあっという間に思い出の人物になってしまった。私ですらこうなのだ。もっと時間が早く長く感じる、毎日がめまぐるしく新しい発見にあふれている小学生にとっては、私なんて30年前の人物のような扱いになっているのではないだろうか。
ふう、とため息をつく。そういえば、3人の誕生日をもう二年も祝っていない。私も祝われていないからお互い様かもしれないけど、同じ地域に住んでいるとどうしても考えてしまう。可愛らしい女子高生の制服の横で、スーパーの袋が揺れる。腕に食い込んで紐のようになっている袋を持ち直そうとしたとき、肩に何かがぶつかった。
「痛っ……!」
「おう嬢ちゃん、痛いのはこっちも同じだぜ」
チャラチャラとした男、通称チャラ男。それがにやにやと笑いながら私を見下ろしていた。どうやら思い出に浸かりすぎて、前方注意がおろそかになっていたらしい。
肩の骨が折れたと意味不明なことを言いながら、チャラ男が詰め寄ってくる。どうしよう、面倒くさいことになった。夕方で人はそれなりにいるけど、誰も助けてはくれないだろう。こうなったら、と袋と鞄を握りしめたとき、後ろから手が伸びてきた。
「肩の骨が折れた?それは大変ですねえ、早く病院に行かないと。そうだ、レントゲンをとって診断書を提出してくれますか?そうすれば治療費を誰が出すかはっきりしますし」
伸びてきた手の主は優しく私を後ろへひき、庇うように前に立つ。二年で私を追い越した背は、視界を独り占めしてしまった。
「お前、姉ちゃんにわざとぶつかっただろ」
また私の前に立つのは、筋肉がついて肩幅が広くなった後ろ姿。がっしりとした体全体と声に、怒りがにじみ出ている。
「あーあ、お前ついてねえな。目撃者も多いし、もう観念しろよ」
日に焼けた手がスーパーの袋を奪い、ぞんざいに肩にかける。ぐしゃりと嫌な音がして、ゲッと歪める顔は見覚えがある──
「竜持くん……!虎太も凰壮も!」
「二年ぶりの再会がこれとは、なんともドラマティックですね。チープな三流の映画みたいじゃないですか」
「頼まれたって見ねえようなやつな」
「姉ちゃん、怪我は?」
「ない、けど……」
突然の展開についていけない私をよそに、同じ顔が三つ、目の前の男を睨む。男は何かを言っていたが、竜持くんの次から次へと出てくる法律の話に言い返せず、悔しがりながら去っていってしまった。ぽかんと開いた口を、凰壮がいつものようにすこしばかり親愛をにじませた声で馬鹿にする。
「でけぇ口が開いてるぜ」
「今の人はおつむが弱いようですね。法律なんて詳しく知るわけないし、適当に言っただけなんですけど」
「竜持くん……どうして、ここに?」
「どうしてって、ここに住んでいるからに決まってるじゃありませんか」
「姉ちゃんが引っ越してきたって聞いた」
「会いに来てくれなくて寂しかったんだぜ、これでも」
虎太はすこし寂しそうに、凰壮はにやにやと笑いながら私との再会を責める。竜持くんに助けを求めようとしても、あっさりと兄と弟の肩を持ってしまった。
「僕も寂しかったんですよ。いつ来るかと待っていたのに、全然来ないから忘れられたかと思いました」
「忘れるわけないよ!サッカー場とか見てたりしてたんだけど、その……だって、二年も前に会ったきりの人が会いに来ても──」
「そんなことありません」
竜持くんがまっすぐ私を見る。その視線は二年前より上で、もう見上げなければ目を合わせることもできなかった。竜持くんの綺麗な目がゆらゆらと揺れる。
──あ、これは本当に寂しがっている顔だ。
ついでに拗ねて、怒って、喜んでいる。いろんな感情が一緒くたになった顔だ。虎太も同じような顔、凰壮はふてくされている要素が大きい。──私は、いったい三人の何を見ていたんだろう。こんなに純粋で、だからこそ悪魔だなんて呼ばれるようになってしまった三つ子たち。
「私も──私も、会いたかった」
もう今更ごまかしても言い繕っても無駄だろう。すこし恥ずかしいけど、偽りではない正直な気持ちを、まっすぐに伝えてみよう。泣き笑いのような情けない変な顔になってしまった私に、三つ子はそれぞれ違う反応をして、それから笑いかけてくれた。