桃山プレデターが優勝してスペインへのチケットを手に入れた夜、降矢家での優勝のお祝いに私も参加することになった。おばさんの料理を手伝ったりテーブルを綺麗にしたりしながら、お風呂にまとめて入れられた三つ子を思って笑う。時間がないからとおばさんにお風呂場に押し込められた三人は、不満そうな顔をしていた。文句は言わなかったあたりがまだ素直なところだと思う。



「名前ちゃん、ちょっと三人に声をかけてきてくれないかい?もう少しで出来るから」
「はあい」



三人がお風呂に入って、それなりの時間がたった。三人して寝ているなんてことはないとは思うが、いつもはもっと早くあがってくる三人がいつまでたっても姿を現さないのは、すこしばかり心配だ。
お風呂場のドアまで行くと、中から三人の声が聞こえてきて、寝てはいないようだとほうっと息を吐きだした。控えめにノックして声をかける。



「もうすぐご飯出来るんだけど、もうあがった?」
「はい。もう着替え終わりましたから、今出ますよ」
「まだ髪乾かしてねえんだよ」
「別に、俺はこのままでもいい」
「開けてもいい?」
「どうぞ」



ドアを開けると、湯気と石鹸のいいにおいがふわっと視界と鼻腔をくすぐった。暑そうにタオルを首にかけている虎太と凰壮とは違い、竜持くんは涼しげな顔をしている。首筋を伝う水滴がやけに色っぽくて、ふっと目をそらした。



「髪乾かさないと風邪ひくよ?せっかくスペインへ行くのに、風邪ひいたらもったいないよ」
「こんくらいで風邪なんかひかねえよ。夏風邪は馬鹿がひくもんだぜ」
「じゃあ、姉ちゃん、髪乾かしてくれるか?」



虎太のきらきらした目が、手に持ったドライヤーと共に私に向けられる。私より背が高くなったのに、中身はまだ子供なのが窺えて、なんだか可愛くなって笑う。返事の代わりにドライヤーを受け取って、虎太の後ろに回り込んだ。冷風を出して優しく髪を乾かすと、鏡のなかの虎太が気持ちよさそうに目を閉じた。



「虎太クンばっかりずるいです。名前さん、僕にもしてください」
「俺も」
「あれ、凰壮クンは乾かさないんじゃなかったですっけ?」
「竜持くん、意地悪しないの。順番ね」



柔らかく短い髪の毛の水分は、大半がタオルに水分を吸い取られたあとだったのだろう。数分で乾いた虎太の髪をブラシで梳いて、凰壮の髪を乾かす。虎太同様、すぐに乾いた髪の毛を梳くと、ふたりしてリビングへ行ってしまった。ふたりを止める理由は思いつかず、ゆっくりと竜持くんの髪を乾かしはじめる。



「二人とも、気を利かせたつもりでしょうかねえ」
「え?……もう二人にはバレてる、のかな」
「ええ、だいぶ前から」
「な、なんだか恥ずかしいんだけど」
「観念してください。恥ずかしがる名前さんも可愛いですけどね」



鏡越しに目があった竜持くんが、目を細めてくすりと笑う。そんな些細な動作にもどきどきしてしまって、慌てて髪の毛に目をやった。さらさらの髪の毛が風のなかで遊んで、なんだか羨ましくなってしまう。



「二人とも、反対してないの?」
「するわけないでしょう。反対どころか、名前さんを泣かせたりしたら何をされるか」
「ふふ、そっか」
「なんだか嬉しそうですね」
「二人が認めてくれるのは嬉しいもの」
「いくら顔が同じだからって、二人を好きになっちゃ駄目ですよ」
「ならないよ」



心配性な竜持くんが可愛くてくすくすと笑うと、くるりと振り返ったどこか不機嫌そうな顔と目があった。もう乾いた髪からは、シャンプーのいいにおいがする。床に向けて風を吹き出し続けるドライヤーはそのままに、竜持くんに軽く手首を握られた。



「約束ですよ?」
「うん、約束」
「名前さん」



かすれた声が耳をくすぐって、一気に顔が赤くなる。目の前にいる竜持くんは、いつもの弟のような顔はしていなかった。どこかぞくりとする、一人の男の子の目。握った手首にすこしだけ力が入って、竜持くんの顔が近づいてきた。



「優勝した、ご褒美をください」
「ご、褒美?」
「なんでもいいんです」



そう言いながら顔を近づけてくるのはやめてほしい。心臓がばくばくして顔は赤くて、何も考えられなくなる。竜持くんのこと以外、何も。
背伸びをして竜持くんに近付いて、ぎゅうっと目をつぶって頬に唇を当てた。慌てて離れた先には、驚いた竜持くんの顔。



「ご、ご褒美にはなってない、けど」
「……じゅうぶんです」



嬉しそうな竜持くんの顔が耳までほんのり染まって笑顔が可愛くて、恥ずかしいのに私まで嬉しくなって笑う。ドライヤーを握る手に手が重ねられて、かちりと電源を切る音がする。静かになった部屋で二人で顔を見合わせて、照れながらも嬉しくて笑った。



・・・



「もうこんな時間か。お前たち、名前ちゃんを送ってあげな!」



おばさんの一言で、三人が時計を見て椅子から立ち上がる。祝勝会はあたたかい空気で満ちていて料理はおいしくて、とても楽しい時間だった。
虎太がサッカーボールを持って立ち上がり、凰壮がそれに続く。まだ夜の8時だけど、おばさんはそう言っても引き下がったりはしないだろう。おじさんとおばさんに手を振って家を出てしばらくすると、虎太と凰壮が立ち止まった。



「姉ちゃん、気をつけて帰れよ」
「竜持も、さっさと帰ってこいよな」
「ええ。早く帰ってくるよう努力します」
「え、二人は?どこか行くの?」



驚いて二人を引き止めようとすると、凰壮の呆れたような視線が突き刺さった。虎太はリフティングをしながら、私の問いに頷いた。器用だ。



「気を利かせてんだよ。二人きりになったほうが嬉しいだろ?」
「お、凰壮、何言って……!」
「姉ちゃん、俺、姉ちゃんが姉ちゃんになるの楽しみにしてる」
「せっかく気を遣ってもらったんですし、遠慮せずに二人きりを楽しみましょう」
「え、あ、ちょっと、竜持くん!」



竜持くんに引っ張られながら振り返ると、凰壮がひらひらと手を振っていた。二人でどこかで時間をつぶすためにサッカーボールを持ってきたのかと気づいても、もう遅い。二人は夏のむわっとするような薄闇のなか、どんどん小さくなっていってしまった。



「ね、二人とも応援してるでしょう?」
「……うん」
「まだ恥ずかしいんですか?」
「そりゃあ……だって、弟に恋愛事情を把握されるのって、恥ずかしいじゃない」
「その弟と恋愛するのはいいんですか?」
「竜持くんは弟じゃないもの」



腕を掴んでいた手が降りてきて、そっと指が絡められる。手をつないで歩いているという現実に、くらりと目眩がしそうだ。せめて中学生になったら、銀河一になったら。そう決めたのは私なのに、一度ふたりの気持ちがわかってしまったら、あっという間に恋愛の甘い罠に落ちていってしまいそうだ。



「名前さん」
「は、はい」
「期待、してもいいんですよね?」
「期待?」
「僕のうぬぼれじゃないって、期待しても」



握られた手に力がこめられ、どこか緊張した声が頭上から落ちてくる。見上げた顔は平静を装っていても、声ににじんだ真剣さは隠しきれていない。
……竜持くんがいくら大人びていたってひねくれていたって、まだ子供なんだ。私より五年もあとに息を吸った、期待を一心に背負って生まれたこども。



「うん。期待してて。私も期待してる。竜持くんの気持ちが聞ける日がくるって」
「僕も、その日を待っています」
「心変わりしないでね」
「しませんよ。名前さんこそ、僕から目を離さないでくださいね」
「離せるわけないじゃない。もうずっと、私の目は竜持くんに釘付けだもの」



いつもリードされているのも悪いと、思い切って本心を口にだしてみる。優勝して浮かれているのかもしれない。
竜持くんの目が見開かれて、顔がそっぽを向く。夜の熱を吸い取ったように赤らむ顔は私とは反対方向を向いているのに、手を握りしめてくる力は強い。笑いながらゆっくりと、遠回りになる道を進む。月明かりが照らし出す道に、長くふたりの影が伸びた。


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