翔くんのヘディングで軌道を変えたボールが、ゴールに吸い込まれていく。鳴り響くホイッスル。実感もわかないうちにコーチが走り出して、代表が泣き出して杏子さんが飛び跳ねて、ようやく足のつま先からじわじわと実感が這い上がってきた。
──勝った。勝ったんだ。桃山プレデターが、みんなが、勝ったんだ。竜持くんが笑ってる。凰壮は寝転がったままだけど、虎太も嬉しそうだ。あの雨の日に見せた顔は、いまはどこにもない。



「名前ちゃん!勝ったのよ!やったー!」
「杏子さん……」



みんな喜んでいるのに、私だけベンチに座ったまま動けない。体が固まって、まるで石になってしまったみたいだ。実感が心臓を満たして、目の前が歪んで見えなくなる。
雪辱戦で勝ったんだ。みんな嬉しそうで楽しそうで、どう喜んでも足りないほどの嬉しさを前に、みんなのように笑う前に涙があふれだした。歓喜の前でこんな涙なんて見せられないと、手で顔を覆って下を向く。よかった。本当によかった。あの夜に落ち込んだ三人が浮かんでは消えて、ピッチで喜んでいる姿に変わっていく。



「名前さん、こんなところで何をしているんですか」
「う、だ、だって、勝った……!」
「勝ちましたよ。僕のために、あなたのために。だから顔を見せてください」
「む、り……いま、ひどい顔してる」
「そんなの見飽きていますよ」



泣きながら首を振る私の頭に、優しく手が乗せられる。そのまま何度もなでられる感覚に、そっと顔をあげた。勝った選手になぐさめられるなんて、恥ずかしい。



「竜持くん、なんでこんなときまで余裕があるの」
「余裕なんてありませんよ。ただ僕たちはサッカーを楽しんだだけです」
「私、ずっとベンチで祈ってた。それしかできないのが悔しくて歯がゆかった」
「何度も言っているでしょう。名前さんは、いてくれるだけでいいんです」
「それなら私も一緒だもの。竜持くんがいてくれるだけで、いい」



また涙がこぼれるけど、今度は石みたいに固まったりはしない。そうっと立ちあがって竜持くんを見上げて、泣きながら笑った。いくら泣いていたからと言って、これを言うのを忘れるなんてどうにかしている。



「竜持くん、おめでとう!」
「ありがとうございます」



子供らしさをにじませた顔で竜持くんが笑う。本当のことを言うと抱きしめたい。手を握って何度も優勝を祝いたい。でもここはサッカーをする場所で、観客もいるしテレビ局のカメラもこの様子を録画している。
ぐっと我慢して竜持くんのユニフォームの裾を握って、すこしだけ近寄って下を向いた。緑色のサッカーシューズと女物のスニーカーの距離は二歩ぶんあいている。



「本当に、おめでとう。あの夜が繰り返されなくてよかった。よかった……」
「泣かないでください。喜んでくれないんですか?」
「……嬉しくて、涙がとまらないの」



にじんだ視界にタオルが現れ、そっと目尻に当てられた。涙を吸い取っていくタオルからは、竜持くんの優しさが感じられる。お互いの気持ちをはっきりと言っていないけど伝わってはいるから、なんだか恥ずかしい。これは姉弟以上恋人未満になるのだろうか。



「そんなに可愛いことをして、僕に襲われても知りませんよ」
「竜持くんになら襲われてもいいもの……!優勝おめでとう!」



コーチが笑顔でこっちに来たのを見てまた嬉しくなって、泣きながら竜持くんに抱きつく。もう我慢できなかった。固まっている竜持くんを離して、今度は虎太に抱きつく。疲れきってこっちにやってきた凰壮も抱きしめて、泣きながら笑う。



「凰壮、よく頑張ったね。よく楽しんでたね。おめでとう!」
「ああ、さすがにしんどかったぜ……」
「虎太、虎太もおめでとう!虎太もサッカー大好きって、見てるだけで伝わってきたよ!」
「ありがとう姉ちゃん。なんで竜持は固まってんだ?」
「え?さあ……あ、抱きついたから?」
「ふうん、そっか」



虎太がそのまま竜持のところへ歩いていくのを見送って、ピッチに寝転んだ凰壮の汗をふいたり飲み物を渡す。
しばらくそうしていると、閉会式をする時間になった。優勝トロフィーを受け取って首にメダルをかけているみんなは、まだ嬉しそうに優勝した喜びにひたっていた。それを眺めながら、隣に来た竜持くんに笑いかける。メダルを首にかけて喜んでいるなんて、幼稚園のとき以来じゃないだろうか。



「名前さん、あんなこと誰にも言っちゃいけませんよ」
「あんなこと?」
「襲われてもいいだとか」
「竜持くんにしか言わないから大丈夫だよ」
「それならいいですけど」



拗ねたような口調が横から聞こえてきて、思わずくすくすと笑う。竜持くんはまだ拗ねたように目を伏せながら、首からメダルを外して私の首にかけた。胸元できらきら輝くメダルを見て、竜持くんは満足そうに笑った。



「これは名前さんと一緒に勝ち取ったものです」
「──ありがとう」
「スペインに行く用意は、きちんとしておいてくださいよ」
「え……あ、本当に私も一緒に行くの?」
「当たり前でしょう。ベンチにいる人も一緒に行けるとわかっているからこそ、名前さんをベンチに入れたんですから」
「用意周到だね」
「これくらいの事前調査は当たり前です」



乱れた髪をそっとなおしてくれる竜持くんの目は満ち足りていて、なんだか私まで幸せになってくる。これくらいなら、姉弟のスキンシップとして有り得る、かな。心のなかで言い訳をして目を閉じて、そっとその優しさを享受する。あたたかいもので満たされていて、信じられないほど幸せだった。


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