因縁のアマリージョ対戦の前、お昼休憩にて。降矢のおばさんとおじさんと三つ子と一緒に、椅子に座ってお弁当を食べる。竜持くんの横で一番はしっこなのは落ち着くけど、次がアマリージョ戦だとどうも落ち着かない。何しろ、三人がずたずたのボロボロにやられた相手なのだ。普段は一番やる気のない凰壮が燃え上がっているあたり、どれほど屈辱だったのか窺える。



「なんで名前さんがそわそわしてるんですか」
「ベンチで見てるだけしか出来ないのって、思ってたより悔しくて……祈ることしか出来ないの」
「それでいいんですよ」
「……うん。それで竜持くんの力になれるなら」
「じゅうぶんです」



なんで試合に出てる竜持くんに、ベンチにいるだけの私が元気づけられているんだろう。なんとなくおかしくなって笑うと、竜持くんも笑ってくれた。
きっとこれでいいんだ。私が笑えば竜持くんも笑ってくれる。それだけできっと、竜持くんはすこし元気になってくれるんだ。

ふたりしてお弁当を挟んでにこにこ笑っていると、竜持くんが何かに気付いて席を立った。すみません、と歩いていく先は、コーチと知らないおじさんが話している場。どうしたのかと思う暇もなく、凰壮が立ち上がって竜持くんのいた席に移動してきた。早くもお弁当を食べ終わったらしい。



「名前姉、もう吹っ切れた?」
「気づいてたの?」
「まあな」
「ありがとう。私、ベンチで笑顔で応援するね」
「じゅーぶん」



凰壮が満足そうに笑って、竜持くんの様子を見た。コーチと話しているときの竜持くんは、いつも子供らしい笑顔を見せる。
竜持くんがしばらく帰ってこないと判断したのか、凰壮が真面目な顔でまっすぐに見てきた。



「名前姉、それ竜持とお揃いだろ」
「ブレスレット?うん、みんながスペインに行けるように願掛けしてるの」
「願掛け?」
「うん。桃山プレデターの人数分ほしかったんだけど余計なお世話かもしれないし、同じものをたくさん置いてるお店がなくて」
「──それさ、本当にそんな理由で買ったのか?」
「え?」



凰壮に見つめられて、心臓が嫌な音をたてて跳ね上がる。そんな理由って、ほかにどんな理由があるというんだろう。このブレスレットについている翼のように、みんながスペインに飛んでいけたらいいと、そう思って。



「違うだろ。緑のものをふたりして買って、竜持も足につけてる。試合のときもだぞ」
「──つけてるの?竜持くんが?」
「知らないのか?今日もちゃんとつけてた」
「足につけるとは聞いたけど……竜持くん優しいから、私が悲しい思いをしないように嘘をついてくれたのかと、思って」
「んなわけねえじゃん。あいつ、名前姉のことすっげー大事にしてるだろ。一度言ったことを守らないなんて有り得ねえ」



本当は私も竜持くんの言うことを信じてた。でもそれを肯定するのが何故か怖かった。怖いと思う理由を知るのすら恐れて、でも自分はブレスレットをつけている。相反した気持ちが小さな器のなかでぐちゃぐちゃになって、もうどうしたらいいかわからない。



「名前姉ももう気付いてんだろ?竜持とお揃いで緑のブレスレットを選んだ理由。名前姉は竜持の、」
「やめて!」



思ったより悲痛な、懇願するような声がでた。言葉と一緒に凰壮の口をふさいだ手を、人差し指だけ残してゆっくりと離す。凰壮は驚いたような顔をしたけど、何も言わないでいてくれた。本当に優しい子だ。



「お願い……言わないで。まだ、知りたくないの。お願い……」
「……わかった。ごめん、名前姉」
「ううん、凰壮はお兄ちゃん思いだもんね。私が悪いんだよ」
「何が名前さんが悪いんです?」



いつの間に帰ってきたんだろう。不機嫌そうに私の右に座った竜持くんとは反対に、凰壮は立って元の席へともどっていく。一席空いただけなのに切り取られた空間になったような錯覚に、こくりと喉が動いた。



「凰壮クンと何を話してたんですか?」
「竜持くん、ブレスレット足につけてるって本当?」
「そんな話をしてたんですか。もちろんつけてますよ」
「……そっか」



竜持くんはどんな気持ちでこれを買って、私に手渡してくれたんだろう。知りたい、いや、わかってる。きっともうお互いの気持ちはわかってるんだ。
そっと手を伸ばして、凰壮にしたように竜持くんの唇にふれてみる。この唇から皮肉と嫌味が飛び出して、理解できない数式が流れ出て、私を惑わすとろりと濃密な言葉が吐き出されるのね。



「まだ、言えないの。お願い。せめて中学生になったら──」
「病気や事故に遭わなければ、馬鹿でも歳を取ります。──僕は、銀河一になります。だから──」
「うん。待ってる」



ずっと、待ってる。
いつか竜持くんが言っていた、私が竜持くんに釣り合うようにする方向で、という言葉が不意によみがえる。──うん、そうしましょう。竜持くんは銀河一になる。なら私も、銀河一いい女にならなくちゃ。そうしたらきっと、今度は止めることなくお互いの気持ちを言えると思うから。


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