……本当に、いいんだろうか。選手とコーチと杏子さんと代表が乗っている、いまからいざ決勝という緊張が漂っているバスに私が乗るのはどう考えてもおかしい気がする。それなのに三つ子にいいからいいからと押し切られ、コーチにも座ってろと言われてしまった。竜持くんの企んだような笑顔がどうも気になるがはぐらかされたまま目的地につき、そのままピッチ前のベンチへと誘導される。



「ま、待って!さすがに私がここにいるのはおかしいと思う!」
「何がおかしいんですか?僕たち、名前さんがベンチに入れるように代表に頼んだんですよ」
「名前姉がベンチにいたほうが、加護とやらが受けられる気がするしな」
「姉ちゃんがいると張り切れる」
「カッとなったときに名前さんが声をかけてくれれば、冷静になれそうですし」
「もう登録しちまったからな」
「姉ちゃんはそこにいろよ」
「というわけです」



……なんだか久しぶりな気がする。こうして私に関することが事後承諾で私の知らないまま進み、ようやく気付いたときは時すでに遅し。三人で畳み掛けられて頷くしかない状況になっている、そう、まさに今この状況だ。



「……コーチ。知ってたんですか」
「バスに乗る前に聞いて驚いた。まったく、三つ子の悪魔とはよく言ったもんだよ」
「私はここにいるべきではありません。おかしいです」
「そうはいっても、三つ子のやる気が名前によって増幅されるのもわかってるしなあ。それに、俺の若い頃を思い出す。試合に出るとき、意中の相手にチケットを渡して口説こうとしたもんだ」
「は?」
「だからまあ、気持ちはわからんでもない。杏子は当てにならんだろうし、雑用などを頼むぞ」
「──はい。でも私、何をしたらいいか……」
「簡単なことだ。選手が気持ちよくプレー出来るようにすればいい」



それ、一番難しいような気がするんですけど。一緒に頑張ろうとうきうきな杏子さんと一緒に、仕方なくベンチに座る。私で三つ子のやる気が燃え上がるなら、いくらでもベンチに居座ってやろうじゃないの。

桃山代表が手配したのだろうドリンクは、きちんとクーラーボックスのなかに入ってベンチの隅に置かれていた。タオルの枚数を確認して、人数分クーラーボックスの中に入れる。冷たいタオルで汗をぬぐいたい子もいるだろう。あとは救急セットなどの確認。私には絆創膏を貼るくらいしか出来ないけど、それでもどこに何が入っているかは確認しておこう。



「ずいぶん熱心ですねえ」
「誰のせいだと思ってるの?もう、三人ともドッキリが好きなんだから」
「驚いた名前さんの顔が見たいんです」
「ばか」



不安を軽口で隠しているのは、もうバレているだろう。立ち上がって竜持くんの前に立つと、綺麗な赤い目がすっと細められた。もう小さかったころとは違う。不安そうな顔をして私を見上げていた子供を、いまは私が不安な顔をして見上げている。竜持くんがふっと微笑んで、一歩近づいてきた。



「ブレスレット、つけているんですね」
「願掛けしてるもの」
「スペインへ行くのは僕たちの実力です。名前さんはそこにいて、勝利を信じているだけでいいんです。では」
「あっ、待って!」



選手がピッチへ行くのを引き止めて、どうするというんだろう。一秒の半分にも満たないわずかな時間のあいだに、自分でもわからない様々な感情が押し寄せては自己主張してくる。そのなかでひとつだけ打ち上げられた翼の形をした貝殻を拾い上げて、竜持くんに手渡した。



「勝って……私をスペインに連れて行って」
「ええ、約束します」
「信じてる」
「名前さんには勝利をプレゼントしますよ」



笑って、今度こそピッチへ走っていってしまった背中を見送る。小さいようで大きい、翼がはえているみたいな可愛らしい選手たち。
本音を言うと、スペインなんかどうでもいいのだ。負けたと悔しさを噛み締めて泣いていたあの姿を、もう二度と見たくないだけ。それが結果としてスペインにつながっているだけなのだ。



「名前ちゃん、そんな辛気臭い顔しないの!みんな楽しそうにサッカーしてるわよ?」
「杏子さん……私、スペインなんかどうでもいいんです。みんなが負けずにいてくれればそれで……」
「んー、でも勝ったらスペインでしょ?じゃあ、どうでもいいなんて思ってるはずないわ。だって名前ちゃん、三つ子のこと大好きじゃない。大好きな子たちが目指しているものをどうでもいいだなんて、名前ちゃんは思ったりしないと思うわ」
「……はい」
「目的地へ行く最中の楽しさより、不安が前に出ちゃってるだけよ。ほら、見て!」



杏子さんが見る先には、不安もプレッシャーも感じないように楽しそうにボールを蹴る子供たち。ね、と顔を覗き込んでくる杏子さんにお礼を言って笑う。

どこかで予感がするの。きっとこのチームは銀河一になって子供たちは宇宙へ羽ばたいて、それを見上げる私は地上に一人残されるんだって。それがわかってるからスペインが怖くてどうでもいいだなんて言ってしまった。
深く深呼吸してブレスレットをさわる。三人が私のことを姉だと慕ってくれるなら、三人が飛び立つときも笑顔で姉らしく見送ろうじゃないの。


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